星降る大海

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今、リュカには悩みがあった。
エルヘブンを出発してから一週間たった大海原の上、錨をおろす作業をしながらリュカは考える


ラスに嫌われている。

それは、旅立つ前から感じていたことだが
テルパドールでの一件以来
ラスは嫌うというより僕に怒っている。
だが、正直何を怒っているのかわからない。
そしてラスも睨みつけてくるだけで特に何も言ってはこない
言ってはこないけど、本当は山ほど言いたいことがあるのだと伝わってくる

「期待外れか・・・」

なんとか期待にこたえたいと思う。

まだ8歳だというのに「勇者」という重荷を背負っているのだ。
父親として、その重荷を少しでも軽くしてやりたい。
もっと頼りがいがあるように力をつけた方がいいとか?
それとも怪我したらホイミしてあげたり、そういった細かい気配りがいるとか?
だがしかしラスは自分ですぐに回復するためそんな隙がない。

それともこのようにウジウジ悩まず、パパスの様に堂々と構えているべきなのか。
だが自分にあの威厳を出せるとは到底思えない。

また、ため息がこぼれた。


夕飯を食べるため皆のいる食堂に行くと入口のあたりで先に食べ終わった様子のティルとすれ違った
ごめんね作業に手間取っちゃってとか、先にいただきましたとか自然な言葉をかわす
「おやすみなさい」と言ってティルは食堂を後にした。
それを追うように、ラスがこちらに駆けてくる。
一瞬目があったが、睨まれた後冷たく目をそらされてしまった。

「ちょ、ちょっとまって」

そのまま無言で立ち去ろうとするラスの進路をふさぐ。

鬱陶しそうにラスは眼球だけこちらに向ける
お前に用などないし、聞きたくもない

ラスのその態度でもうすでに心が折れそうだ。
だが、放っておくわけにもいかないのだ
この先ずっと親子を続けていくのならば、なんとか解決策を探さなければならない

「ボクは8年も君を放置してて今更父親ぶるのも無責任だとは、思う」
「でも、僕は 君の父親になりたい」

「だから、ラス、僕に何でも言って?
何をして欲しいとか、どこが不満とか、遠慮なく言ってくれて構わない
僕は期待に応えるよう努力する」

だから一度僕に父親になる機会をくれないか。


「いやだ」

リュカの決死の提案はラスのこの一言で一蹴された。

青い目で僕を睨みつけて
そして僕の横をすり抜けて行く


ここで諦めちゃだめだ。
ここで諦めたら本当に一生このままだ。

リュカは、もう一歩を踏み出した。

「僕に言いたい事があるんだろ?
いつまで、そうやって怒ってるつもりなんだい?
睨みつけても何にもはじまらないよ」

去ろうとするラスの腕を掴んでひきとめる。

「僕には人の心は読めない。
言葉に出してくれないとわからない」

「ああそうかよ!」

「じゃあずっと石になってろ」

リュカの勇気の一歩は無情な一言に凍りついた

「てめえなんかいらない!消えろ」

あまりの言葉の強さにリュカは舌を巻いた
流石に言いすぎだと口を開こうとした瞬間
閃光の速さで天空の剣が振られた

「アンタとそこらのオッサンと何がちがう?」

黄金に光る剣はリュカの首元で止まった

冷たいものがリュカの背筋を上っていく
「この剣を人に…」

「向けるなだろ?」

百も承知だとラスは鼻で笑う
「何度も言われた。サンチョにも、ピエールにも、騎士団長にも」
「それは、世界を救う剣だから。人を守るためにあるから。ああ、わかってるよ!!」

「あんたも結局そこらへんの人と同じだ。」





リュカはラスの声など全く耳に入らなかった

一体

何を

自分に向けている?



「その剣をなんだと思っている…!」
リュカの声は怒りに震えていた

―――お前がこの手紙を読んでいるということは

何らかの理由で私はもうお前のそばにいないのだろう。



父さんはどんな気持ちであの手紙を書いたのか
そうまでして僕に託そうとした剣
愛する人を救ってくれと願いがこめられた剣

国を捨て民を捨て、母を救い出すために必死で探しだしたその剣を装備出来ないと知った時の無念は如何程だっただろうか。
僕ですら、その剣を扱えないことに、父の役に立てない事に失望を感じたのだ。
おそらくパパスはそれと比べ物にならないくらいの絶望感、無力感を感じただろう。
その現実に打ちひしがれたのではないだろうか。

「その剣は父さんの形見だ!あの人が生涯をかけて見つけ出した剣なんだ
それをこんな…こんなふざけたことに使うんじゃない!!」




怒りに燃える二人はにらみ合った。




「ああ。そうかよ。」

沈黙を破ったのはラスの方だった。

持っていた天空の剣を乱暴に放り投げる。
台を破壊し壁に突き刺さった。

「だったら大切にしとけばいいだろ。オレが触らないように!!」

ラスが去った後、ピエール達は黙ってリュカを見つめていた。
リュカがこんなに怒りを露にするのは珍しいことだ

スラりんが口をひらいた。
「ラスは子供なんだよ。」


言う事を言い放ったリュカは頭が冷えてきた。
バツが悪そうに頭を掻く。

「わかってる。ごめん大人気なかった。」

自分は何を剥きになっているんだ。
単なる子供の悪ふざけに本気になったりして、大人になりきれていない証拠だ。



「大人気ない?何を言ってるの?」

苦笑するリュカに対して
スラリンの口調はかわらず冷ややかなままだった。


「ラスは子供なんだよ」


「『君』の」





平手打ちを食らった気がした。






「君が『父さん』なんだよ」

「リュカの気持ちはわかるよ。戸惑う気持ちもわかる。あんな事言われて腹が立つのもわかる。
 君が父親のことを大切にしてることも知ってる

 君は親を知ってる

 でも、ラスは知らない。

 今の君は本当にただの他人だ


 ラスは知らない男の父親の形見まで背負わされてるんだね」



「父親にもなれないくせに!
 ラスの前で「父さん」の事を語るな!!」


スラリンの叱責をうけたリュカは項垂れた。

耳が痛かった。




父親になりたいと言いながら自分が我が子として見れていないことを、思い知らされたのだ。


でもじゃあ
どうすれば自分はラスの親になれる?
認めてもらえる?


「ラスが僕に何かを求めているのはわかる。
 でもそれが何かわからないんだ。どうしてもわからないんだ」

スラりん達は知ってる?

「教えないよ。自分で考えて」

スラリンの答えは冷たかった。
他の皆を見渡すが皆目をそらした。

「最近皆手厳しいね」

「まあね。」
「ビアンカが大変なとき、おいら達置いてかれたからね。」


8年前のあの日、
おいら等は何も知らないままグランバニアでくつろいでいた。
あわただしいなとは思ったが緊急事態の中モンスターに事情を説明に来てくれる人はおらず、
ビアンカが攫われたことも、それを追ってリュカが空に消えていったのも
後から知らない人間の口から聞いた

リュカは吃驚した。
あの時の勝手な行動が、皆を傷つけていたこと
自分は今言われてはじめて気付いたのだ。
「…ごめん」

「僕たちに謝るより先にラスを追いかけていきなよ。
 ラスはああ見えてもすごく傷つきやすいんだから。」










怒りを爆発させたラスは憤然と船内を歩いていた。

会いたい人は一人

甲板に出るとベンチに座る姿を見つけた。
あの日からティルの音を聞くのが怖い。

「となりに行ってもいい?」

恐る恐る尋ねるとティルはコクンとうなずいた。
静かな音が伝わってくる。
大丈夫。いつもの音だ。
不快な気持ちがその音に包まれて溶かされていく。
肩に頭をのせると涙が溢れた。

「あの剣嫌いだ。」
「…そうね。わたしもキライ。」


自分もティルもあの剣のおかげで、たくさん振り回されてきた。
いっぱい傷ついた。

アイツはあの剣が大切だという。

じゃあ、俺達はどうなんだ

「…アイツも嫌いだ」


「わたしも」という応えは返ってはこなかった。


 




ラスを追いかけてきたリュカは甲板に上がる階段の下で佇んだ。
見上げた先にあるものは広大な星空と二人寄り添う小さな後ろ姿だった。

どんなにがんばっても8年の時間は戻らない。それは途方もなく遠い距離だった。

リュカはついにその階段を上がることは出来なかった。









「リュカ」
深夜、スラリンがデッキに出るとリュカがいた
数時間まえに、子供たちが寄り添っていたベンチに座りボンヤリと空を見上げている。

「本当だね。なんであの時一人で行ったりしたんだろう。
 皆を連れていってたらこんな事にはならなかったのに。」





「・・・・・・ビアンカに会いたい。」



 

 




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