星降る大海

-3-

 

リュカが一人食堂で夕食をとっていると、ティルが入ってきた。
「あ、今から夕食?」
ティルは首を振って手に持った昨日お湯を注いでいたポットを見せてきた。
「・・・・・コレ返しに来たの」
そういったままお互い黙った。

「本当にグランバニアへ帰るの?」
ティルはうなずいた。
「理由を、聞いてもいいかな?」
「私がいない方がこの旅は上手くいくから・・・・・」

なんだかよくわからない理由だ
ティルがいた方が上手く行く気がするのだけれど。ラスはティルの言うことには従順だ。
いなくなったらラスが手に負えなくなりそうで怖い。

言いたいことが伝わったようでティルは首を横に振り、むしろその逆と言った

「私がいなくなればわかるわ」

そう言われるとそれ以上は何も言えなかった
厨房にポットを返しに行くティルをぼんやりと眺める。
食器棚に戻そうとつま先立ちになって小さな体を伸ばしている。
席から立ち上がったリュカは若干足りそうにないその手からポットを受け取り代わりにしまってあげた。

 

次にこの子と会うのはいつだろうか。
その時には今よりもっと成長している。
きっと、背伸びなどせずともこの棚に手が届くようになっているのだろう。

ついこの間までこの子達は掌サイズの赤子だったじゃないか

このまま、あっという間にティルは大人になり、そして知らない男に貰われていくのだ

「帰らないでくれ」

それは、脳を介さず思わずこぼれた心の声だった。

脳裏によぎったのは、娘を取られても何も言えない惨めな男の後ろ姿。

僕は一体何のために存在しているのだろう

 

ビアンカと母さんが助けを待っているから、旅は止められない。
命がけの旅だ。辛い思いをさせるし、怪我もさせてしまうだろう
本当はグランバニアへ帰らせる方が正解なんだと頭では分かっている。

これは僕のわがままだ

「傍にいて欲しいんだ」
ティルと一緒に居られる時間は僅かだ。

自分の目の届く場所に
手の届く場所に
おいておきたい。

大人に成長していく姿をすぐ傍でみていたい
ティルの父親だと胸を張って言えるように

「僕頼りないけど、がんばって守るから」

ティルはこっちを向いたまま静止している。

だめ?
と聞いたら頭がブンブン降られた
じゃあいいんだね?
と聞くと少しの逡巡を見せた後、コクンと頷きぽそりと「嬉しい」と言った
僕はホッとした。
俯いて顔は見えなかったが、覗いているティルの耳が真っ赤だ。
それをみてるとなんだか周りの温度まで高くなった気がした。


嬉しくなってティルの手をとり力強く握る。

瞬間

空気が一変した。


ティルに苦悶の表情が走り、激しく手を弾かれた。

え?

一瞬ティルの顔に「しまった」という表情が走った。
焦ったティルが慌てて僕の気を他にそらそうとして何か言っていたが、
僕は問答無用でグローブに包まれたその腕に手伸ばす。

ティルはその手を素早く後ろに隠してしまった

「…っ」
そのまま身をひるがえして、食堂を出て行った。
逃げていくティル足音を聞きながらリュカは立ち尽くした
ティルのこんなあからさまな拒絶は初めてだ

後を追ってドアから飛び出る。
食堂を出た先は広めのフロアになっておりそこから各部屋への廊下が続く。
子供達の部屋がある通路へ曲がる姿がみえた。

どうして逃げるんだ?
あのグローブの下に一体何を隠している?

疑問を解こうとリュカもまたその通路を曲がった


そこには予想外の人物が立っていた。
「ラ、ス…」
リュカの足が躊躇して止まる。
ティルの部屋に行くにはラスの前を通らねばならなかった。

神妙に通過しようとすると、やはりと言うように剣で通路をふさがれる。
「テメーの顔は二度と見たくないってさ」
吐き捨てるように言い放った後、隠しもしないまっすぐな殺意がリュカを襲った。

キィンと金属音がフロアに鳴り響く

リュカは咄嗟に腰に持った護身用の剣で受け止めていた。
幸いなことにラスの得物は天空の剣ではなかった。
天空の剣だったらおそらく、鈍らな剣もろとも体も真っ二つにされていただろう。

天空の剣は形見だから駄目だと言われたからだろう、代わりにラスが握っているのはパパスの剣だった。

もう、滅茶苦茶だ。

結局の所、自分の恨みとかしがらみとか、子供には全く関係のない位置にあるものだということ。
自分自身、会ったこともない祖父の憎き仇だ、形見だ、と教えられたとしてもピンと来ないのと同じように
これらを子供に強要すること自体ナンセンスなのだと、リュカは痛感した。

「ラス!待ってくれ!」
距離を取ろうと剣を弾くとすぐさま距離を詰められ下段から襲ってくる。
「ティルはたぶん手を怪我してる」
それを身を引いてかわして叫ぶが、ラスは攻撃の手を止めようとしない。
「ああ」
手の怪我の事を話したらラスは、止るとおもったが、ただ静かな同意が返ってきただけだった。
「嘘じゃない」
「手だけじゃねぇし」
信じてもらえて無いのかとさらに言い募ろうとしたリュカだが、更に驚愕な事実がラスから発せられた。
「え?」
「気付かないとかクソだろ」


ラスの言葉に衝撃を受け、リュカの動きが止る。


頭が追いつかない。

ティルは怪我をしている。

ティルはその怪我を隠し
僕はそれに気がつかず、
ラスは気が付いていた。その上で黙っていた。

ヨロヨロと後退するリュカの背中に壁が触れる。逃げ場を失ったリュカ に容赦ない斬撃が襲う
「だったらっっ」
キィンと再び短剣で受け止め
「どうして治してあげないんだ!」
気付かない自分は悪かったと思う。が、ラスは知っていて放置していたのだ。
受け止めた剣をそのまま力を込めて押し弾き返す。

僕にこんな八つ当たりなどしていないで、今すぐにでも治療してあげるべきじゃないのか。
それどころか、僕が治療しようとする事すら邪魔をしてくるラスに少なからず憤りを感じていた。

さすがのラスも大人の渾身の力には敵わず体制を崩した
左回転のステップを踏みながら距離を取ったラスは「あーあ!!」と怒号のようなため息をついた。

「お前、無理」

ラスは怒りをのせて床を蹴った。



短剣を投げ捨てたリュカは、それを真正面から迎えた。

目が鋭く光った。




 

 




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