「知りませんでしたわ」 子供達が去った後、入れ替わりにマリアが入って来た。 そっと眠気覚ましのコーヒーを手渡しながら微笑む。 「マリア聞いていたのか」 マリアの答えを待つまでもなくコーヒーの冷め具合がYESと物語っていた。 「失望したか?」 「ええ」 にべもないマリアの返事にヘンリーは情けない顔になった。 「私にはそんな思い出話してくれなかったのに」 私、そんなに薄情に見えますか? 両膝をついたマリアが夫を見上げる。 かしげた顔がすねていた。 ヘンリーは面食らった。 「いや」と、動揺して手が言い訳しようと宙を泳いだ 結局「すまん」という言葉に落ち着く。 頭がかくんと下げられる。反動で顔が髪に隠れた。 「・・・お前の前では」 頭が下げられたまま、かすれた音がでた。 「格好良い自分でいたかったんだ。」 本当の自分は、弱くてずるくて卑怯者だ。
リュカがいたから
なんとかましな人間になれた。 奴隷になったことを恥じることなくオレはこうして胸を張って生きていける。 「アイツがいなかったら…」 とうの昔に野垂れ死んでる。 運良く生き延びても口先だけのろくでなしさ。
「…昔がどうであっても」 そっと頬に触れる。
「私が鞭打たれた時、真っ先に助けに入ってくれたのはアナタでしたわ。」
風が吹いた。
「あの背中は一生わすれません。」
そっと吹き込んできた風はやさしく世界を撫でる。
雪が解けて大地を潤す。
水が流れをつくる。
流れた涙が恥ずかしくて、そっと抱きよせて胸に顔をうずめた。 |