ラスとヘンリーと
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 「じゃあ、いい子にしてるんだよ。」
馬車に乗った男が見送りにきた我が子に声をかける。
にっこりと微笑んだその瞳は今まで多くのものを魅了してきた。
しかし例外の一人がその笑顔に虫唾がはしらせた

あんたなんかいなくても、今まで立派にやってこれたんだ。

「けっ父親ぶるんじゃねーよ」
帰ってこなくて結構だ。

遠く離れた後姿にボソッと毒づくと、俺の前で見送りをしていたコリンズの親父がくるっと振り返った。
あまりのタイミングの良さにドキッとした。

聞かれた?

緑色の目がまっすぐ俺を捕らえる。

しまった声が大きすぎたか。
しかし、聞かれたから何だって言うんだ。
そうだ。もっと大きな声で叫んでやってもいいんだ。アイツに聞こえるくらいの声で。

そらしそうになった目を元に戻し、キッと睨み返してやった。
あっちは、一度目を見開きそしてニヤッとわらった。
俺は、なんだか小馬鹿にされた気分になって、ふんとそっぽを向いてコリンズ達と城に入っていった。


午後、俺はコリンズ達と遊んでいたら
実際はコリンズに悪戯の極意を教えてもらっている感じだけど、
途中で紙がたりなくなり、俺はパシリとして使われて二階の渡り廊下を歩いていた。

教えられた部屋のドアを開ける。
とそこには視界いっぱいに広がった書物と紙の山。

「紙をもってこいって言ってもなあ…」

確かにここには「紙」はたくさんあるが。。。
足元の紙を拾い上げてみる。難しい字が羅列していて、一番下には赤いラインハットの印が押してあった。

流石にまずいだろ…

どうしたものかと、あたりを見渡すと書類が積み上げられた机からにょきと投げ出してある足が見えた。
「げ、人がいる」

ヤバイ。勝手に入ったりして叱られる。
そういえばノックもしなかった。

後ろへ、そっと数歩下がる。
「うーん」と背伸びをする声と同時に、本が数冊くずれ落ちた。
ドサドサドサっとものすごい音に、あと一歩で一目散に走り去ろうとしていた俺は凍りついた。

「あーあ、最悪。」

頭を抱える声が聞こえて、机の向こうの存在が誰か判った。

こっちの方が最悪だよ…
ここはこいつの仕事場かよ。

まだ逃げることが出来たが、頭から足に命令が伝達される前に見つかってしまった。

「ん?」

反対側に落ちた書類を、横着にも机の上からとろうと体を乗り出したラインハット宰相がこちらに気が付いた。
「ラスか。何やってるんだそんなとこで」

何をやってたわけでもない。逃げようとしてただけだ。
「別に」と言おうとしたが、別に用がないのにここにいるはずもない。
そうだ、俺が今ここにいるのは

「コリンズに紙とってこいって言われて」

「ここに沢山あるってか?」

自分がいかに常識外れなこと言ってるのわかり、恥ずかしいと思いながらも頷いた。

コリンズの奴何考えてるんだ!ばかやろばかやろ。

しかし、そんな悪態をついているラスの前でコリンズの親父は「しょーがない奴だな」と頭を掻きながら、そこらへんの紙を無造作に掻き集め始めた。

「別に字書かれてても良いんだろ?」
「た・・・ぶん」
え?っと驚く俺の前にバサッと紙の束を出された。

「たりないか?」

渡された紙は、文書で印まで押してある。

足りないっていうか、いいのかよ!?

「いいのいいの、どうせもう見ないんだから」
呆然と見上げる俺に、「経費削減だ」と手をひらひらさせた。

「…どうも」

大丈夫かよこの国!と心で叫びながら紙の束を受け取った。

「あんま、コリンズの真似すんなよ。俺がリュカに叱られちまう」

付け足された忠告に、俺は顔をしかめた。

俺が何をしようとアイツには関係ないだろ。
アイツが怒ろうが知ったことか

そんな俺の様子を、緑の目がじっと観察していた。

視線に気が付き、顔を上げるとまた朝と同じ顔でニヤッと笑った。
俺はやっぱり不愉快になり、さっさと部屋を後にしようと背を向けた。

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