友好条約

〜前編〜


「オレは悪くないぞ!!」

コリンズは声を張り上げた。

ここはラインハット城の王室の一室。
緑髪の男の子が半べそを掻きながらわめきまくっている。
その隣にはムスッと黙ったままの同い年くらいの金髪の男の子。

二人の両親が困惑顔をしていた。
つまり状況を一言で説明すると子供達が喧嘩したのだ。

いいや!!
とコリンズは否定した。
自分は服は乱れてあちこち痛くてたまらないのに
ラスは服にシワ一つ出来ておらず全くの無傷で涼しい顔をしているのだ。

これを「喧嘩」で終わらせてなるものか!


「コイツがいきなり殴ってきたんだ!!」
ビッとラスを指差しながらそばかすの男の子が叫ぶ。
ラスは俯いたまま、何も喋ろうとしない。
判っている。ラスが自分より不利な立場にいること。
喧嘩は手を出した方が悪いのだ。だからラスは何もいえないのだ。
自分はラスが何回殴ったとか、どんな風に殴ったとか、事細かに語ればいい。
そして、最も主張すべきところは
「自分は何にもしていない!」

コリンズの主張にヘンリーは、頭をかいた。
実際は何かしようとしたが何も出来なかったと言うのが正解だろうが。
打倒魔王のために鍛え上げられてきたラスに戦闘とは無縁の場所で生きてきたコリンズがかなうはずが無い。
これは恥ずべき事じゃない。
正直、非力のコリンズに力を奮ったラスが間違っているのだ。
そしてそんな幼い子供に力を与えた大人に全て責任がある。
だが、とヘンリーは思った。
ラスは無意味に力を誇示してみせるような軽薄な行動をするようにはみえないのだ。
それなりの理由がラスにもあったのだろうが…と俯いたままの子供を見る。
眉間の辺りが何も喋る気はないと語っていた。


自分の傷にホイミをかけていたラスの父親の手がおさめられた。
すると傷も痛みも、嘘のように無くなっていた。
そのすごさに感心していると今まで黙って自分の話を聞いていたラスの父親が口をひらいた。
「じゃあ、コリンズ君は、何もしていないのにラスがいきなり殴りかかって来たって言うんだね?」

声に促されて見上げると、目があった。
責めるわけでもない。疑うわけでもない。同情するわけでもない。
その真黒な瞳が映しだすのはまっさらな自分の姿だった。


ヘンリーはニマニマと息子をながめた。
リュカの瞳は強烈だ。ごまかしはきかない。

「そ、そうだ!オレはコイツには何もしていない!」
コリンズの声は明らかに動揺していた。

「オレが喧嘩売ったのはアイツだ、あのオマケ野郎!」
そういって指差すのは、金色の髪の女の子。
ゴチンっ
ラスの拳が飛んだ。
「〜〜〜〜〜!!!」
リュカもヘンリーもそれで、全てを理解した。
この小さな勇者が何よりティルを大切にしていること
それは誰の目から見ても明らかだった。
「父上!」
今の、みただろう!?と、目を向けて見た先には微笑んでいる父上。
「お前が、悪い。」
きっぱりと言い切られた。
「なんでだよ!おかしいじゃないか!アイツが怒るのならわかるけど!」

納得いかないと言う息子をみてヘンリーはため息をついた。

まえに ラスが勇者であることを語ったとき、息子は開口一番言った言葉が
「じゃあ、あの野郎、ただのオマケじゃないか!」
だった。
何故、いきなりティルの方に話がいくのか。
息子にとって『勇者』より『ただのオマケ』の存在の方が面積を占めているようだ。
あの時は話の逸れ方に脱力して、注意し忘れていたが。


「父上は俺よりアイツのこと味方するのか!!」

コリンズの声にヤレヤレとヘンリーは応えた。
「コリンズ。ヒトが一番怒りを感じる時っていつだとおもう?」
父親の突然の質問にコリンズは「なんだよいきなり」と口を尖らした。

「自分が一等大切にしているモノを穢された時だ」

それが何であるかは人それぞれだ。
家族だったり 恋人、友人だったり、物や信念だったり

「お前の場合はさしずめ自分自身ってところか?」
そういって、親父は笑う。
小ばかにされた気がしてコリンズは頬をふくらませた。
自分自信で何が悪い。

「ラスにとって、ティルちゃんがそうなんだ。
お前は一等大事な人を馬鹿にしたんだ。」

つまり親父はラスの味方なんだ。
親父はムスッとしている自分の肩に手をのせた。

「よく聞けコリンズ。」
その手が不愉快で振りほどこうとしたが、乗せられた手はしっかり自分を掴んでいた

「オレはな。お前をオマケ扱いする奴がいたら、ぶん殴る」
父上の声が低い。
「誰がなんと言おうと関係ない。」


コリンズ
と名を呼ぶ声に肩が震えた。


「謝れ。」

それは、有無をいわせぬ、静かな声だった。

渋々コリンズはラスに頭を下げた。
「これで、いいだろ!」
次の瞬間にはそう言い放ちフンッとすぐにそっぽを向いた。
違うぞ、コリンズ。という父上の声があがりコリンズは「まだ何かあるのか」と顔をしかめた。

「ティルちゃんにだ。」

コリンズの唇がわなないた。

今回コリンズが一番屈辱を与えたかったのはティルだ。
コリンズはティルが大嫌いだった。
あの遠い青の瞳がいつ見ても癪に障るのだ。
空の青を見るようにどこまでもどこまでも遠い。深いのではない浅いのでもない。遠いと感じる青
自分を遠く遠くに映す瞳。
コリンズはティルにギャフンと言わせてやりたくてたまらなかった。

なのに何故か全然違う方向に話がながれて
自分は殴られて叱られて、その上ティルに謝らないといけないなんて!!

逃げようにも父上が無言の圧力をかけていて、自分は謝るしかなかった。

自分の謝罪に対し
ティルの瞳は相変わらず遠い青色をしていた。

悔し紛れに、すかさずコリンズは叫んだ
「まだだ、コイツも謝ませろよ!」

そういって指差すのはラスだった。
コリンズのその態度はどうかと思うが、
まあ、道理と言えば道理だった。
渋々とはいえコリンズ君は謝った。
となるとラスの非が、残る。

「ラス」

リュカが、やんわりと催促した。
ラスは俯いたまま黙りこくっていた。
コリンズ君のように説明する必要は無いことをリュカは知っていた。
ラスは最初から自分の非を理解している。


ラスはそれを知っていて、手を出さずにはいられなかったのだ。
気持ちはわかるのだが
喧嘩は両成敗。
そういうことになっている。

再びリュカはラスの名前を呼んだ。



「ごめんなさい」

その言葉は、別のところから発せられた。
ラスの横に来て手を握り、ティルはもう一度謝罪をした。
「ごめんなさい」
「ヘンリーさんもごめんなさい」


コリンズは何も言えなくなった。
口をパクパクさせてる息子をみて
ヘンリーが噴出した。
しっかり自分への謝罪を忘れないあたり、よくわかっていると思う。

「コリンズ諦めろ。お前の負けだ。」

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