友好条約

〜後編〜


「お前の子供、おもしれーな」
子供の喧嘩を収め終えた二人が廊下を歩いていた。
「また連れて来いよ」
一緒に勉強させようぜとヘンリーが言った。
「嫌がりそうだけどね」
リュカの目に「絶対嫌だ!」というラスの姿がうかんだ。
「それは、コリンズもだろうな」
今回の一件で、痛感したよ。
「あいつは、もっと友達と遊ぶべきなんだ。同い年くらいの子供と」
大人がかまってやればいいって思ってたけど
大人の間だけだと理論を押し付けるばかりだ。
世の中って、それだけじゃないだろ。
「ここにはいないの?コリンズ君くらいの子」
「いなくは無いんだが、なんつーか問題児ばっかりでな。」

「前さ、コリンズが頭の悪い貴族の子供達にかこまれて泣いているのを見て、オレは激怒した事があるんだ。」

それからというものコリンズのやつ調子に乗ってこまってたんだ。
周りの奴等も、びびっちまってな。

お前の子供なら、許せる気がするよ。
コリンズの奴が泣かされていても。

「二人に、おもいきりコリンズの根性叩きなおしてもらいたいね。」
大げさだよ。と笑うリュカにいやいやとヘンリーが頭を振った。
「まえさ、コリンズに二人を案内させたことがあったろ。」

それは初めて二人をこの城に連れてきたときのことだ。
あのとき、リュカが三人を追いかけて行ってみたら
コリンズ君に姿をくらまされて、ラスとティルの間に微妙な空気が流れていた。
昔の記憶を頼りに秘密の通路から見つけ出したコリンズ君は、何故かとても不機嫌だった。

「あれからだ」

「コリンズの奴『泣くぞ』って言わなくなったんだ」
「ティルちゃんに何か言われたらしくてな」
おかげで、ティルちゃんのこと何かと目の敵にしていてな。

どうにかティルちゃんの鼻をへし折りたくてたまらないらしい。

「へー」という相棒の相槌に、ヘンリーは足を止める。
「だから本気で言ってるんじゃないんだ。」

自分が足を止めた事で前に立つその背中に言った。

「すまなかった」


他に気付いたものはいるだろうか

・・・今、こいつはものすごく腹を立てている

やわらかな物腰、穏やかな表情
普段とどこが違うのかと問われても答えられないが
なんとなく感じるのだ。

おそらくヘンリーだからこそ気がつくことができたのだろう


リュカは振り返り応えた。

「また来るよ」


「オレは悪くない」
ラインハットを離れて馬車の手綱をひくリュカの隣で、いままでだんまりを決め込んでいたラスが口を開いた。
「アイツ、ティルのことオマケ扱いしやがって」

「オマケだから、笑えないんだろうってせせら笑いやがった。」


入ってくるな、ブサイク、目が腐る、空気がもったいない、存在の価値なし、
安い挑発だとわかっていたはずなのに
気がついたら拳がコリンズの頬にめり込んでいた。


なんてアホくさい。
コリンズが口先だけで言っているだけだとわかったし、
ティルも全く相手にしていないのもわかった。
だけど妙に許せなかった。


「ティルはオマケじゃねぇ…。」
お前は、ティルの笑った顔を知らないだろう。

ティルが笑う。
ただ、それだけで世界が幸せになる。
昔は毎日が幸せの音で満ちていた。


奪ってしまったのは、
自分だ。

目に浮かぶのは
ごめんねと何度も謝るティルの姿と
次から次へと零れ落ちる涙をぼんやりと見送る情けない自分の姿だった。



傍まで来たティルに「ありがとう」といわれたが、
自分は感謝されるような事は何もしていない。
言い返したわけでもないし、フォローをしたわけでもない。
ただ、自分の怒りをぶつけただけだ。

ブンブンと頭を振ったラスの口から素直に謝罪の言葉がでた。
「ごめんね」
ティルの手が頭に載せられた。

惨めだ。
相手を殴り倒してどうしてこんなに惨めなんだろう。


伸びてきた親父の手が自分の頭を捉えて、引き寄せられた。
ギューッと抱きしめられて、ラスは戸惑った。
「ちょっと、待てよ。何やってるんだよ。普通ここで叱るだろっ」
「そう?」
「サンチョなら絶対叱る。」
喧嘩で暴力で訴えるのはいけない事なのだ。
特に自分より弱いものに対して振るう事。
そして謝ることから逃げた事。
「叱って欲しいかい?」

そういわれ、ラスは口をとがらせた。

「良い事じゃないってわかってるなら。それでいいんだよ」

ゴトンと馬車の車輪が小さな堀を乗り越えた。

「それに僕は、ラスのこと叱れないよ」


オヤジは俺の耳に手をあててコソッと言った。


「よくやった。」


そっと耳から離れた親父と目があった。

親父がそんなこといっていいのかよ
まずいだろそれは
とか、なんとか、いろいろ浮かんだが

二人はそろってぷーーーっと噴出した。


ティルがパチクリしながらこっちを見ている。


変な奴。

「なーに?なーに?」
スラリンがいきなり笑い出した俺等にピョンピョン近づいてきた。
「うっさいぞゼラチン」
ラスが言い捨てると
スラリンは言ったなこんにゃろぉ〜と体当たりしてきた。

「アイツがティルを馬鹿にするから悪いんだよ!」
顔に張り付いたスラリンを引き剥がして、ブニブニと伸ばした。
親父がわらう。
「もう一、二発蹴りいれてやればよかったのに」


馬車は「ティルがいかに可愛いか」で盛り上がりながらラインハットを後にした。


「あいつズルイ」

「なんだ。お前、まだ根にもっているのか」
ソファに座って不貞腐れている息子を見てヘンリーが声をかけた。
もう、何日たってると思ってるんだ。

「だって父上!あいつズルイじゃないか」

「そう言うな。ラスが一番痛い思いをしたんだぞ」
かばった相手に謝らせる。
情けなくって自己嫌悪するね。

「お前はラスが勝ち逃げしたとでも思ってるかもしれないが」

「ラスは負けも負、大負けだ」


それでも「皆贔屓してる」だの「甘い」だの「ラスばっかりいい思いしてる」だの
ブツブツと不満をたれるコリンズの横に腰をかけた。
「…お前、ラスと握手したことあるか?」
まあ、ないだろうな。

「そうだな。次ラスが来た時握手しろ。」

握手。

いきなり何を言い出すんだとコリンズは思った。

「握手は仲直りのしるしだろう」

喧嘩したときは、謝った者勝ちだ。
お前が一歩譲ってやるのさ。

非難の声をあげるコリンズを見てニヤリとわらう。

「いいか、これは命令だ。
守れなかったら、御仕置きが待ってるからな。」




「おい…握手だ」

再び来訪したラスにコリンズが言った第一声がこれだ。

ものすごく不自然な発言だ。

うるさい。だってしかたないだろ。
親父が、ジッとこっちを見てんだよ。ほら握手握手。さっさと握手しろよって。
もう親父は忘れていると期待してたのに。

ラスの顔はは?今、何て言った?って感じだ。
「握手しろ」
ラスはしばらく俺の顔と手を交互に見ていた。
その行動にイラッとしてやっぱり止めようと思ったとき
突然ラスはフッと表情を和らげた。

お?

体を俺の方に向けた。

「前は、殴ったりしてわるかった。ごめん」
そういって、ラスは頭を下げた。
あんなに謝る事を拒否していたのに
あまりに、簡単にしかも唐突に謝ったものだから拍子抜けだった。

手を差し伸べているその場所は、父上が言うとおり確かに自分は優位の立場だった。
なんだろう。この位置は。
卑屈になることはない堂々と背筋をのばし、胸を張れる。

「よし、許してやろう」
頭を下げるラスに高々と言い放った。
ラスは俺のそんな態度に対し特に怒る事もなくニッと笑った。

そして、差し出した俺の手を握る。

ラスにつられて俺もニヤリと笑おうとした。が
「っ!!」
握った手のひらにチクっとした痛みが走りラスの手を弾いた。

こいつ、画びょうでもしかけていたのか!?
なんて油断できないやつ!

無害そうな表情を浮かべるラスを睨みつけた。
証拠品を拝もうとラスの手を掴んで無理やりこじ開けてやる。

画びょうなど何処にもなかった。
現れたのは豆だらけの手のひら。
できた豆がつぶれその上にまた豆ができている。

「?」

ラスの顔はきょとんとしていた。
それは「こんなの取るに足らないことだ」と言っているようだった。
湧き上がってきた、この感情はなんだろう。

何故か、ひどく悔しかった。

こいつには、負けたくない。

「お前、勇者なんだってな」

「…だからなんだってんだ」
目に見えてラスの顔が不機嫌になった。
眉間にシワが走り、瞳が冷たく光る。

「よし、俺の子分にしてやろう」

青い目が見開かれた。

遠くで聞いていたヘンリーが頭を抱えた。それを見てリュカが笑う。

ラインハットに軽やかな笑い声が響き渡った。

「お前、変なやつだなぁ」
腹を抱えて笑うラス。


ヘンリーとリュカはラスの返事がわかった。
ラスの笑い声を心地よく聞きながらカップをならした。

 

 

 

 INDEX あとがき