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星降る大海

-5-

 

リュカは思わず頭を抱えた。

記憶の中、ビアンカが微笑む。
胸に赤子を抱いて涙をうかべて。
「私 とっても しあわせよ……。」

今、目の前に立つ女の子はあの時大事に抱かれていた赤子のはずだ

ビアンカの想いを踏みにじるこの発言に悲しみを通り越して怒りがこみ上げてくる




絶句する父親を前にして、ティルは「終り」を悟った。
もっとも、この発言でもたらす結果を全て承知の上で終止符を打ったのだが。

予想外に少しも揺らがない自分の心の湖面に、少し驚く。
もっと自分は絶望して取り乱すと、思っていたのに
もしかしたら、もうとっくに凍りついていたのかもしれないなあと
麻痺した心でぼんやり想う。


ただ、一つの後悔は
結果、こうなるのだったら他のさし障りのない道もあっただろうに
親子ゴッコならいくらでもやれたハズだ。

顔を両手で覆う父親の姿を見ると、胸が痛む
ただそれだけが申し訳なくてたまらなかった。

「そんなこと言うもんじゃない」

怒りを含む父の声に、手が震えた。
今更ながらに嫌われる恐怖に体がすくむ

8年間恋い焦がれていたのだ。
力いっぱい抱きしめてもらえる日をずっと夢見ていた。
それがここで終わる


本当は

「傍に居て欲しい」と言われて、嬉しかったのに

本当にうれしかったのに





本当はこんな醜い姿
「お父さんには、知られたくなかった」



震える細い声にリュカの頭が一気に冷え上がった。

ちがう
ティルは何も悪くない

この子を追い詰めているのは誰だ
そんなこと言うもんじゃない?
馬鹿か。
ティルにそう言わせているのは誰なんだ。


世界中の誰もが一番に勇者に光をあてる。
ティルは全身でそれを感じている。

傍らを照らすその光が絶対に自分にあたることはないのだと悟っている。
どんなにキレイゴトを並べても、これは覆らない。

僕が例外になってあげなきゃいけなかったんだ。
僕が父親なのに


父親までも勇者ばかり気にしていたなんて

最低だ

「勇者」など関係ないと言い放ってあげなきゃいけなかった


だが、今更そうすることにどれほどの価値があるだろうか
全ては手遅れだ
この先、どんなに声を張り上げても、どんな美しい言葉を紡ぎ上げても白々しく響く

目の前の女の子はそのことを知っている
手っ取り早い傷の塞ぎ方も。



何も言葉が見つからず、ただ頭を撫でることしか出来ない自分が情けない

どうしてもっと早く気づいてあげられなかったんだ

そうしたらもっと・・・


ティルの瞳が大人の色を宿す。それがひどく悲しかった。


手に絡む髪がさらさらと優しい
指先に伝わってくるほのかな体温
小さくて儚い温度


その温度に触れた時
指先が手が全身が震えた。
リュカの胸に湧き上がってきた焦げ付くような感情。


今頃と非難されるかもしれない。
だが、この時本当に初めてリュカの中に生まれたのだ。

それは魔物と心を通じ合うとかそんな特殊なものではなく
もっと深く、もっと強い

理屈ではなく自分の存在すらを凌駕する

この世で最も尊く美しいとされる感情

世界中の多くの生きとし生ける物がこれに支配されている。
ヘンリーもマリアもおそらくビアンカも

パパスですら。


そして恥ずかしい事に今の今までリュカが持ち合わせていなかったもの



「愛おしい」


という感情。





リュカの世界、全てが色を変える。
落雷が脳天を貫いたのではないかと思うほどの衝撃と変革。
今まで自分が行っていた『父親のフリ』がいかに茶番劇だったか。
皆が、何故自分を非難してくるのか、たちどころに理解した。

「気づいていたら」といってる時点で終わっている。
「勇者だから」とか「父親になるため」とか「求められたから」とか
そんなものがないと自分は子供のために動けないのか
理由など必要ない


言葉ではいい表せない、魂の底から沸き上がる衝動

何物にも代えがたい喜び至福がそこに存在するのだということ


同時に
子供が傷つくと、親は何万倍も痛みを感じるということ
リュカは知った


ティルが消えてしまいたいと言う。

こんなに苦しい言葉があるだろうか。
ティルの負う傷の深さに絶望する

悔しい。
どうしてこんなことになった。

幸せになって欲しいのに
苦痛のない世界で笑っていて欲しいのに


氷の湖面のように動かない表情が語る
いままで幾度と無くこのようなことがあり、そのたびにこうやって苦しみや悲しみを凌いできたのだと
僕はどうして傍にいてやれなかった。


「ごめん」

どんなに謝罪しても足らない。
でも、このまま消えてしまったらと思うと背筋が凍る。

「消えないでくれ。頼むから……っ!考えるだけで息が止りそうだ」

絞りだした言葉は本当に息がつまって上手く言えてたかどうかわからない
ティルを失った後「寂しい」と白々しく泣いていただろう以前の自分が想像出来て吐き気がする。
そんなレベルの話じゃない。
もし子供を失ったら世を恨み自分を恨み、気が狂う。



息を詰まらせる父親を前にしても熱くもならない自分の胸をティルはぼんやりと眺め自嘲する
先程まであんなに躍らせていたくせに、なんて冷たい胸なんだろう
すっかり「諦め」が板についてしまったようだ

お芝居の世界を生きるくらいなら、玉砕したほうがマシなのに
でももうぶつかっていけない
一瞬顔をもたげた「魔」の気配に、体が動かない

怖い。

怖くてたまらない。


あがき苦しんで超える夜はもう耐えられない
そうして超えた先にあるものもまた闇なのだ。

この夜は一生続く


ラスを憎むのは苦しい

妬むのも
恨むのも


もう

懲り懲り




「お父さん。ラスを嫌わないで」

「ラスは、優しいの」

ラスが勇者と呼ばれるまで、
私ばかりがちやほやされて、ラスは駄目な子扱いされていた
光を浴びる自分の傍で、それでも誇らしげに笑っていてくれた。
あの優しさが私にもあればいいのに。


一瞬何の話かわからず、自分の事を心配されたのだと気づいたリュカは真っ赤になった。
よりによってティルに泣きついた昨日の自分を叩き斬ってやりたい

「・・・そうか」
だから、ラスは叩き斬りに来たのだ
自分のことしか考えてなくて子供のことを見ようともしない最低な男を。

「自分で考えろ」と言われいじける自分に、
怒りを顕わにラスが天空の剣を突き付けてきたあの夜。

その剣で叩き斬ってくれて構わなかったのに


今ならわかる。ラスの不器用な優しさ



「ティル」
少々引っかかりを覚えたリュカはそっと言い添えた。

「ティルも、やさしいよ?」

この何気ない一言で、水晶のようなティルの表情に亀裂が走った。

ティルの顔が引きつり、目がこれ以上ないほど大きく開かれる。 
呼吸が浅くなり、青い瞳が泳ぐ。
みるみるうちに唇が紫色にかわり、苦しそうに胸をおさえてその場にうずくまった。

そのティルの動揺ぶりに言ったリュカ本人もまた驚いた。
抱いた肩は震えていて、どうしたらいいかわからずあせる。
とにかく呼吸が楽になるように背中を擦ってあげた。

「優しくなんかないわ!」
首をふりながら顔を上げたティルは、いつもの薄い表情からは想像もつかない激情を見せた。
まっすぐ訴えてくる瞳は眩しいほどの光を放ち、涙がキラキラと弾ける。
目が醒めるほどの艶やかな表情

これがティルの本来の姿なのだと、リュカは直感した。

幼き頃のビアンカがそこにはいた。
涙で頬を濡らしながら「絶対よ」と叫んだあの彼女の瞳そのままだ。

「私はっ!」
そこまで言って、苦しそうに口を噤んだ。瞳が下にそらされて俯いた頭が胸にあたる。
肩口に置かれた小さな手がかわいそうなほど震えていた。
「私は・・・ラスを・・・こ・・・」
「ティル!」

ティルの言葉をリュカが遮る。
ティルは、ビアンカ譲りの意思の強さをもって「絶対」優しくないと思いこんでいるのだ。
だが、この先ティルからどんな言葉が続こうが覆えらない事実がある。


「ラスもそう思ってるよ」



光に灼かれてもなお、傍に寄り添いつづける
これを優しさと呼ばずに何と言う。

一番救われているのはラスだ

たまに「辛い」と叫ぶことを一体誰が責める



胸に涙がにじむ。もっと大声で泣いてもいいのに。
くぅっと声をこらえる姿がもどかしい。どうしてそんな苦しそうな泣き方をするのだろう
小さな肩がしゃくりあげるたび腕を通して振動が伝わってくる。
辛い苦しい助けてと叫んでるようで、それがもう堪らなくてどうにか泣き止んでくれと腕に力をこめた。

その体は細く軽く小さくてすぐに壊れてしまいそうで
思い切り抱きしめたい気持ちと、壊してしまわないように大切にしたい気持ちとの折り合いの付け方がわからなくてパニックになる。



そうなんだ。



自分は今この時まで

自分の子供を思い切り抱きしめた事さえなかったのだ




 

 




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