星降る大海

-4-

 

鈍い衝撃音と共に穀物がごろごろと転がった。
勝負は一瞬にして決した。

一体、何が起こった?
ラスは穀物の箱の中に埋もれていた。

自分の一撃は確かにアイツの肩をとらえた。
受け止められた?いや避けられたのとも違う手ごたえがあった。
攻撃を受けた?いや、そんな感じではない。
一瞬重心が沈んだと思ったらアイツはそっと自分の手と腕に触れた。それだけだ。

次の瞬間には自分の体は高速で穀物の積み上げてある箱に突っ込んでいた。

力のベクトルを変える。それがリュカの得意とする戦い方だった。
ラスの振りおろすその力の向きを変えた。
その結果、腕を軸に回転し剣を振りおろすその力のまま体が吹っ飛んだのだ。

おそらく、追撃をうけていたら避けきれずラスは地面に沈んでいただろう。


穀物箱から這い出たラスは、ティルの部屋に入って行く男の背中を見送るしかなかった。





 

リュカが部屋に入った時、ティルは部屋の真ん中に立っていた。
丸い窓から日が暮れたばかりの淡い光が差し込み、暗がりのなか青い眼が不思議な透明感をもって此方をみつめていた。
そっと近付いて、その手を取る。
ティルはすっかり堪忍したようで全く抵抗はない

パサっとグローブが床に落ちる

現れたのはどす黒く腫れた手だった。肉が裂け水膨れになり、潰れて膿んでいる。

もう片方の手も同様だった。

これは昨日今日ついた怪我だけではない
「どうして…?」
痛々しい手を癒しの光で包む。


覗きこんだティルの顔は蒼白になっていた。



「ごめんなさい」




お父さんの頭の中は、勇者の事でいっぱいだ。

それが

耐えられなかったの

 

ねえ

お父さん

私をみて

私ここにいるわ

すぐ傍にいるわ


どうしたら振り向いてくれる?

私何でもするから

足手まといにならないから

役立って見せるから


だからお願い


……こっちを向いて


お父さんの気を引こうと
無理をして無茶な魔法を使って手を焦がした

皆が心配して見ていることも知っている
ラスの機嫌が悪いのが何故かも

でもそうでもしないと、お父さんの中から私は消えてしまう気がして怖かった。
「イラナイ」と言われてしまいそうで怖かった。

昨日、お父さんと話をして
やっと諦めがついた。

お父さんの中に私が入る余地はない

だって
ラスのこと心配するなと言う方が無理だ
そんなこと、もうずっと前から嫌というほど思い知らされてきたのに。

だからグランバニアへ帰ろうと決心したのだ

このまま一緒にいると

私は……




謝ったきり黙り込んでしまったティルにリュカはあわててフォローをいれる。

「あ、いや、怪我隠してた事、そんな、せめてるわけではなくて、
教えてくれたら、すぐ治療してあげたのになって、、、」

そういって、まもなく完治するだろう手の平をみる。
が、ティルの手は膿や腫れが若干引いたくらいで、熱傷のような傷自体は全く変わらなかった。

こんな事は初めてだ。
焦ったリュカは、べホイミより強いベホマに切り替える。
だが、結果は一緒だった。

「・・・一体」

諦めきれず何度も回復魔法をかける僕からティルはそっと手をひく。
そしてゆっくり首を振った。
「これは魔法では治らない」
リュカは吃驚して説明を求め顔をあげる

「魔法焼け・・・だから」

魔法焼け?
聞きなれない単語に首をかしげる

慣れない魔法でコントロールが効かず自分を傷付けるとかはよくあるが、それでも魔法で治ったはずだ。
だが、それは「魔法焼け」ではないらしい

魔法とは、「知識」「技術」「魔力」全てそろうことで発動する。

これに「センス」が入ることで、全てをカバー出来るのだが、人はそれを天才と呼ぶ。
ラスがその類いだ。
直感と感覚だけで発動させてしまう。

ティルは自分がその「天才」とは程遠い位置にいることを知っていた
「知識」だけは豊富。
「技術」は未熟。おかげで無駄に魔力を消費し、そのうえ時間を要する
そしてなんといってもティル自身圧倒的に魔力が足りなかった。
ならば、発動すらしないはず。

「足りない分体を燃やしたの」

だから、細胞が衰弱して壊れてしまったのだと。
言ってしまえば全身を燃やすメガンテの局所型。
リュカは真っ青になった



「どうしてそんなことっ!!」




「ごめんなさい」

ティルからの応えは、あいかわらず謝罪の言葉だった。

「そうじゃなくて」


リュカにはティルの行動の根本がわからなかった。
きつい戦闘があったわけではない追い詰められていたわけでもない。
果たして必要な行為だったのか

もし、第三者がその場にいたなら「察してやれ」と叱責されただろう。
子供に「振り向いて欲しかった」などと言わせる気かと
これではまるで生殺しだ

決してリュカ本人には悪気はない
ほとほと鈍い男なのだ。
おそらく、はっきり言わないと分からないし
納得できるまで引かない。
そしてティルは短期間だが父のそういう性格を理解していた。


「私は」

ティルは口を開いた。



「ラスが好き」

「この気持ちは本当。」

本当。



「本当なのに」

―――悔しいの



悔しくて悔しくて


「苦しい」



もうこんな思いはしないように
何も望まないように生きていこうと決めたのに


地位も名誉も要らない。
世界中の人たちに私の存在を気づいてもらえなくてもいい。
認めてもらえなくてもいい。

でも。

でもね。

 

……お願い。勇者。

お父さんまで、とらないで……!


これだけはどうしても譲れないの

もし、お父さんまで勇者に奪われるようなことがあれば

 

きっと私は『魔』に堕ちる。


私は知っているのだ

自分の中に『魔』が住んでいること


ゾッとするほど冷たい『魔』が。


 


だから

そうなる前に私は





「おとうさん」

「私、必要なくなったらすぐに言って?」


すぐに

―――――消えるから






 

 




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