ラスとヘンリーと
-9-

 

 死の淵を彷徨うリュカをみて、
オレはものすごく焦った。
仕事中、寝床にいるアイツは処分されないだろうかと気が気じゃなかった。
夜も今死ぬんじゃないかとヒヤヒヤしながら、何度もアイツの息を確かめた。

他の奴にこんなことするのか?
いや、しない。
少なくとも他の人にこんなに自分を顧みない行動はしない。
リュカだけだ

・・・自分はリュカのことを特別に思っている

そういう結果にたどり着いたが、認めたくなかった。
そうすると自分は「負い目を感じている」ということになり、そんなものに引きずられてる自分は嫌だった。
何度も放っておこうとしたが、気になっていてもたってもいられない。
気がつけばつきっきりで看病していた。

意識不明になってから2日目。
リュカが薄っすらと、目を開いた。
ホッとした途端、焦っていた自分が腹ただしくなってイライラした。
チッと舌打ちをひとつして、嫌味の一つや二つ吐いてやろうとした。
だが、安らぎに満ちた穏やかな眼がこちらを見ていて、オレは開いた口を閉じた。
何故か心臓がバクバク言って冷や汗がでた。
その表情は微笑んでいるのに
オレは何故かひどく切なくなった。

オレはリュカのこの表情、前にも見たことがある。

俺に向かってじゃない。

あれは・・・




リュカの唇が動いた。


父さん


と。

 


呆然とする俺をよそに言葉は続く。

「家に帰ろう」

それは駄々をこねる子供の声で
伸ばされた手は、もうはぐれないように縋ろうとする手で

「一緒に遊ぶって」

それは信頼しきった者にしか見せない顔で
全てを許して、涙をこぼしていた。

「約束・・・」
言い終わらないうちに、また闇に落ちていく。
震える手で、呼吸を確認したオレは。

無性に泣きたくなった。

オレは深呼吸を一度したあと、
何か救いを求めて、あたりをみわたす。
周りにあるものは、どれも意味のなさないイラナイモノだらけで

目の前に横たわるリュカだけが色鮮やかに映し出された。

見ないように自分の足へと視線を落とすと、今オレに縋ってきた手が

ボロボロのリュカの手が

コトンと

落ちていた。


キーンと何かが猛スピードでこちらに向かってくる。

それは決して立ち入ってはいけない境界線。
細心の注意をはらって避けていたものがオレに迫ってくる。
それはあっという間の出来事で、
抵抗も出来ないままオレにぶつかってはじけとんだ。

その瞬間、世界が色鮮やかに全てを映し出した。

何故リュカがこんなに嫌いなのか
何故リュカが堕ちたときそんなにも嬉しかったのか
何故リュカの鼻をへし折ってもすっきりしなかったのか
何故リュカがこんなに心配なのか

一体何を自分は怖れていたのか

オレが目を逸らしていたもの、それは

「自分が一番 醜い」

ということ


そう

堕ちてたのはリュカじゃない。



・・・このオレだ


オレは、羨ましかった。

お父さんに愛されていること。
お父さんを愛してること。

それは自分がずっと求めていた理想の姿そのもので
でも手に入れるにはどうしたらいいのかもわからなかった。

親父には、義母がべったりとくっついていて、
子供心にも、あの中に堂々と割って入る勇気はもてなかった。

近づくためにいろいろやったし考えた。
でも、求めたものと与えられるものはひどく違っていて
いつも息苦しさに叫んでしまいたかった。

月日が経つにつれ、求めていたものも分からなくなって
敵ばかりが増えていく毎日をおもしろおかしく過していた。

仕方がないと自分の中で納得した。
世の中、どうにもならないことがあるんだと諦めた。

そんな矢先リュカの親子があらわれて、
自分がどんなにそれが欲しいのかを再確認させられてしまった。
でも
今更振り返ったところで
あるのは敵ばかりになってしまった世界と、
こんなにしても親父はオレを一度も見向きもしなかったという事実だけだった。
それがどれほど手に入れ難いかを知った。

当たり前のように持ってるリュカがうらやましかった。

うらやましくて、疎ましかった。
オレはぶち壊してやりたいと思った。
同じ気持ちを味わわせてやりたかった。



・・・なんて・・・惨めなんだ。



オレは、あのとき諦めたりしなければ、
素直になっていれば、
どうにかなったかもしれない。
本当は何一つ難しいことなんてなかったんだ。
何も言わずに抱きついていけばきっと、手に入っていたはずなのに。

だけど、リュカは、

本当に

もう


どうにもならないんだ


もう、時間を戻すことは出来ない。
パパスさんは死んだ。


パパスさんは死んだんだ。

オレを助けに来て、
オレの我侭のせいで、
オレの馬鹿みたいな嫉妬のせいで、

全然関係ないのに、
オレなんかのために。


これからあるはずだった未来も、
叶うはずだった「約束」も、

何もかも亡くなってしまった。


『父さんが死んで、なんでお前が生きてるんだ』


頭を抱えて、オレはその場に泣き崩れた。

 

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