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はじめて見た親父のふるさとは、

お墓と廃屋が立ち並ぶ、村と呼ぶにはあまりにも寂しすぎる場所だった。


妖精の世界に行けたという、親父の昔の家は

今はもう瓦礫の山でしかなかった。


流し台が不自然に夕日に照らされて影をのばしていて

それが唯一

ここが台所で確かに人が住んでいたのだと教えるものだった。





…息がうまくつけなかった。






サンタローズの唄







親父が地下からでてきた。

「…やっぱり無理みたいだね」

「昔は行けたんだけどなあ」と余裕の表情で親父は笑い
オレはものすごく腹が立った。

「何、へらへら笑ってるんだよ!!こんなことされて悔しくないのかよ!」

魔物に襲われたわけじゃない、天変地異が起こったわけじゃない
これは全て人の手によるものなのだ。
「オレは、悔しい!許せない!」

こんなことを、ラインハットがやった。
それなのに何故平気な顔して遊びに行けるんだ。
サンチョがラインハットに行きたがらなかった気持ちが痛いほど理解できた。
もし、グランバニアが滅ぼされたら、自分は笑いながらその国に遊びに行くなんてことは出来ない。
幸せに暮らしている姿を見たら憎くてたまらないだろう。
王様の優しい顔もヘンリーやコリンズの笑顔も、活気付いた街並みも、全てがうそっぱちにみえた。
「あいつ等なんであんな平気な顔して生活していられるんだ」
「他の村をこんな姿にしといて、自分達だけ幸せに暮らしているなんて信じられない!」

「アンタも、何笑いながら遊びに行ってるんだよ。のー天気にも程があるだろ!」
怒りを露にするラスにリュカは言った。

「もうあの国は報いをうけたんだよ」
「だからなんだよ!!それだけで足りるのかよ!!それだけで許されるのかよ!!」
「…ラスはラインハットが同じ目にあえばいいって思ってる?」
そう思う感情が、とても醜いことはわかってる。
でも、それが飾らず隠さず自分の気持ちだった。
「ああ思ってるよ!!悪いかよ!」
親父は静かに「そっか」とだけ呟いて目を伏せた。
「…でもさ、そうした後何にも残らないよね。」
「偽善者ぶってんじゃねー!」
奇麗事なんて真っ平ゴメンだった。
地団太を踏んで怒りまくるラスをみて、リュカは困ったように微笑んだ。
「そうじゃないよ」

「僕はね。ヘンリーを失うのが怖いんだよ。」

僕もつらかった。悲しくて苦しかった。

ボクは、さらわれてから10年、ずっとここに帰って来ることを夢見ていた。
ここに帰れば幸せな毎日が待っているんだと信じて疑わなかった。
苦しい地獄の中、その一心で生き抜いてきた。

やっと帰れるんだと知ったとき心が躍った。
村の入り口の緩い坂は相変わらず長くて、歩いて登るのが鬱陶しくなって、思わず駆け出した。
登った先は小高い丘になっていてサンタローズを一望できる。

一番古い記憶が蘇える。
隣には父が立っていた。

ぼく達の帰りの知らせをきいて
村人皆が仕事の手を止め顔を出すんだ。
僕達の姿を見た途端、笑顔にかわる。

それまで、僕はお父さんと沢山旅をして沢山の街に訪れた。
けれどこんなことは初めてだった。

僕たちは「おかえり」の言葉とともに迎え入れられたのだ。


全然記憶にないのに。
ここは、特別な場所で自分は帰って来たのだと、そうわかった。







村を見下ろす。

そこは夢にまで見た

僕の

帰る

場所。



腰まで伸びた草が、風に吹かれてザァッとゆれた。


…なにか悪い夢でも見てるんじゃないかと思った。




皆の名前を呼びながら、村中をまわった。

自分の家にも行った。




地下や洞窟に何度も出入りを繰り返した。
でも何度繰り返しても視界が開けて目に飛び込んでくるのは廃墟

壊れたドアを立て直してみたり
形も残していない家具を昔あった場所に戻したり

そうすればどうにかなるわけはない。
でも
どうしてかな。
何かがきっかけで
元に戻るんじゃないか
本当に藁にもすがる思いだったんだ。

しまいには川に飛び込んだりもした。
頭を冷やせば
全てが夢だったとわかるんじゃないか
そんな気がしたんだ。

その姿は、滑稽だっただろう。

本当に滑稽だっただろう。


でも笑われようが、馬鹿にされようが構わなかった。

なんとしてでも、「タネ明し」を見つけ出し、笑い飛ばさなきゃならなかった。




…でも駄目だった。


荒れ果てた田畑
崩壊した家々
立ち並ぶ墓

それらが元の姿に戻ることはなかった。


僕は立ち尽くした。

風にゆれる葉が光を反射し、後から後から瞳に入ってくる。
頭の中はまっしろになって、自分の存在が希薄になっていく。


自分もこの光の渦に飲まれて、消えてしまうのだとおもった。


「でもまあ、よかったよな。襲われたのがこんなちっぽけな村で。」
「不幸中の幸いってやつ?」
ハハッと笑うラインハットの王子の声がとても耳障りだった。
自分の奥にある細い神経にザラッとしたものが触れて

気がついたときには、ラインハットの王子の胸倉を掴んでいた。



瞬間、自分には拳があるのだと気がついた。

それから伸びる腕、
噴き出んばかりに血が駆け巡る体、
それを支える足
相手をとらえる目
思考を巡らせれる頭

その全てが、ラインハットに復讐するためにあるのだと思った。


僕はその時、心底ラインハットを憎んだ。その王子も憎んだ。



『ラインハットの王子も被害者だ』

頭じゃわかっていても、湧き上がってくる憎しみはとまらなかった。
ラインハットのくだらない後継者争いに無関係のこの村までまきこんだのだ。
この耐え切れない憎しみ、怒りは捌け口を求めて全身を駆け巡った。
「ラインハット」と名のつくもの全てをぶちのめしてやりたかった。

胸倉を捕まれたラインハットの王子は軽口を叩きながら、顔は『さあ、なぐれ』と言っていた。

遠慮などするつもりはなかった。
激情のまま拳をふりあげ、振り下ろそうとした時


ラインハットの王子が笑ったんだ。



それを見た瞬間、体が凍えた。



…ヘンリーの笑い方って特徴があってね。
片頬をあげて笑うんだ。
ニヤリって。

そのとっても歪んだ笑顔に

呆れた事もあったし、
むかついた事もあった。
愉快になったときもあったし、
悲しくなった事もあった。


ずっと僕の傍にあったものなんだ



僕は救われてきたんだ。



ラインハットの王子を殴った後


ヘンリーにこの憎しみをぶつけた後


何が残るだろう?



唯一つ言える事は

『ヘンリーを失う』



僕の体は凍えた。





葛藤がはじまった

周りには大好きな人たちのお墓が並んでいた。


贅沢などしていない
その日一日を精一杯生きている。
作物が出来たら分け合い
困っていたら助け合い
たまに喧嘩し、叱られ、いじけて
なのに次の日には笑顔がこぼれている。

月が綺麗だと言ってはわざわざ起こしに来て
皆で仲良く月を眺めるのだ。
そんな村の皆が
火に巻かれ追い回され逃げ惑い、体中を槍に貫かれる姿を想像すると目を覆いたくなる。

なあ、この人たちが一体何をした?


少なくとも、この目の前の男はこの全ての事件に関係しているのだ。

何度も拳を握りなおし、振り下ろそうと歯を食いしばった。



何でコイツはラインハットの王子なんだろう。

何でコイツはヘンリーなんだろう。



くやしくてくやしくて


涙があふれた。


どれくらいの時間そうしていただろう…。


結局僕は、

握り締めた拳を

振り下ろす事ができなかった。



完敗だった。




僕はヘンリーを恨まない。

ラインハットも憎まない。


ヘンリーが大切にしているから。




そう言って親父はまぶしそうに夕日をみつめた。


絶壁のカゲに沈んでいくその様は
少しグランバニアに似ていた。



『おれは、これが精一杯だ。』



ラスの耳にヘンリーの声が聞こえた。

二人は昔仲が良くなかったという。
ヘンリーは親父を嫌っていて
親父もきっとそんなヘンリーのことをあまり好ましく思ってはいなかったのではないだろうか

それがいつのまにか
親父の中でこんなにも大きな存在になった。

ヘンリーの精一杯は、憎しみを超えたんだ。


ラスは自分のなかで怒りがしぼんでいくのを感じた。



どうにか、体裁を保とうとしてふんっとならした鼻は、湿った音がした。
それが恥かしくて、憎まれ口を叩こうと口を開いた。



「村の皆に恨まれるぜ」



口にした言葉は、予想以上に冷たく響いた




「そうだね」

ニコリと笑った親父の顔がひどく傷ついた様に見えて、オレは言った事を後悔した。

「もう行こうか」

ラスは何か言おうとしたがクシャと頭をなでられて、言いかけた言葉が消えていった。

リュカは息子の手を握った。ラスはおとなしくそれを受け入れる。
呆然と佇んでいる娘の方へも手を伸ばす。
触れた瞬間、ビクッと肩が飛んだ。
振り返った顔は脅えた色をしていて

何でもないと頭を振るティルを撫でてやって
そして手を握る。

そのまま3人で歩き出した。




誰も何も言わなかった。






でこぼこ道にのびる三つの影をボンヤリと眺めていると

親父が歌を口ずさみ始めた。

不思議そうに見上げるティルに「童謡だよ」と答えてまた歌い出した。

何が童謡だよ。バッカじゃねーの。

心の中でいつものように悪態をついてみたが

ひたすらに、虚しい。


ふいに

夕焼けの中
泥んこになった子供が足早に帰っていく姿が浮かんだ。
道行く人達が暖かくそれを見守り声を交わしあう。

きっと、皆に愛されていたんだろう。
皆を愛していたんだろう。

天空城で見た昔のコイツは満面の笑顔だった。



親父はラインハットを許す行為が


村の人達に対してひどい裏切りになることもわかってたんだ。


それでも、ラインハットを許したんだ。


ヘンリーが大切だったんだ。





本当はどっちも失いたくなのに。





親父、悔しいよ。


やっぱりオレは悔しい。




でもこの悔しさを何にぶつければいいのか。わからない。




親父は何年もこんな思いを、抱いていたのかな




なのになんでそんなに優しく笑っていられるんだ。




唄が夕焼けに融ける。

親父の唄は、音階もメロディーもめちゃくちゃで
お世辞にも上手いとは言えなくて
でも不思議と耳障りにはならなかった。

耳から入ってきた音が、鼓膜を伝って胸の奥を震わせて
それがなんだか親父の今の気持ちのような気がして、

オレはうつむいた。




自分が吐いた一言は、親父をどれくらい深く傷つけただろう。


ゴメンの一言が言えなくて

言えない自分が情けなくて



それどころか涙がボロボロと溢れてきて

そのせいで、顔を上げる事も出来なくなって


つないだ手を強く握りしめた。




自分の手では端から端まで届かず指を数本握るのがやっとで、

親父はそれをすっぽりと包み込んで握り返してきた。





その手のひらは自分より少し温度が低くて


それが果てしない孤独と優しさを物語っているようで。




自分は、もう耐えるのも苦しかった。



 


コイツの手は大きい。

 



すごく

 

大きい。

 

 

 


オレの手は小さい。

 



 

 

 

 


すごく

 


 

 

 

 


 


 

小さい。



 

 

 

 

 

 











あとがき

INDEX