時 の 砂

 


「なあに?その顔」
こちらに気づいたビアンカが自分の顔を見てクスリと笑った。

小さな庭園に置かれた白いベンチにビアンカの姿を見つけて声をかけようと近付いたリュカは、ビアンカの顔に光るものに気がついて、声がかけられずに立ち尽くしていたのだ。
なんとなく気まずくて、「いや…」と頭を掻きながら俯いた。

動揺しているリュカの様子に「ああ、これ?」
とあんまり気にした風でもなく、ビアンカは軽く拭う。

「ちょっとね。…お母さんのこと、思い出しちゃって。」
そういって、ビアンカは照れたように目を伏せた。
フローラさんが楽しそうに母親と語らう姿をみて、母親が恋しくなったのだという。

自分のせいで、泣いてるわけではないことを知ってホッとし、ちょっぴり肩が落胆した。
それと同時に自意識過剰になってる自分が恥かしくなった。


「アルパカの街のお店にね、可愛いドレスがあったの」
隣に腰掛けたリュカが何をしゃべったらいいのか分からず視線を彷徨わせていると、ビアンカが口をひらいた。
視線を向けると、「お母さんの話よ」と続けた。

女の子は皆、そのドレスに憧れていた。
私もその例外ではなくて、学校帰り毎日の様に、そのショーウィンドウを覗いていたわ。
淡いピンクのそのドレスはフリフリのレースがふんだんに使ってあって、散りばめられてある小さな宝石がライトを反射してキラキラ光っていた。

そんなある日、街の大きなお祭りの大舞台で私はヒロインのお姫様役に選ばれたの。
お母さんも、すごく喜んでくれて
私が、あのドレスが着たいって頼んだら、お母さんは笑顔で『任せておけ』って言ったわ

私は大喜びで、毎日猛練習をした。
本番の前日、お母さんが大はしゃぎで明日のドレスを私に見せてきたわ。

だけど、それはあのドレスではなかった。

お母さんの手作りのドレスだった。
色は緑色で、レース一つ付いていない。

私はものすごく腹がたった。渡されたドレスを床に叩きつけて、大声で罵ったわ。

そしたら、
頬をひっぱたかれた。

私は、お母さんの文句を並べて、家を飛び出した。

その日は雨だった。

町外れの、物置の影に座り込んで、もう二度と帰るものかと硬く心に誓った。

だんだんあたりは暗くなって、
風は冷たくなって、
雨も心なしか強くなってきて。

決意も弱まっていって、どうしてもっていうなら帰ってもいいかななんて思い始めて

でも、あたりが真っ暗になっても迎えは現れなかった。

私は不安になって、ついに泣き出したわ。
そのまま、帰ればいいのに、意地がそれをさせなかった。

もう、ドレスなんてどうでもいいから。
ただ迎えに来て欲しかった。

その後、まもなくお母さんが現れたわ。
私を見つけるとすぐに駆けてきて、私を強く抱きしめてくれた。
お母さんはびしょ濡れになってた。
こんな雨の中、ずっと私を探して街を走り回っていたんだってわかって私は涙が溢れた。

家に帰ったら、あのピンクのドレスが部屋に置いてあった。

嬉しかった。

ドレスが着れることじゃないわ。私はちゃんと愛されているんだってわかったから。

だから、嬉しかったの。



そう、なのにね…。

お芝居の本番、私はお母さんのドレスではなくピンクのドレスを着たんだ。
ずっとずっと憧れていたそれを捨てられなくて。
私、馬鹿だから。
高いドレスを無駄にしちゃいけないとか、
皆に言いふらした手前格好悪いとか、
そんなくだらないことばかり考えて
お母さんの気持ちとか全然考えてなかった。

お母さんはどんな気持ちで私の姿をみつめていたんだろう。


お母さんが病気で倒れたとき、私が代役を務めることになったのだけど
でも宿の仕事は大変で、私の力だけではとてもやっていけなくて
お母さんに頼ることばかりで、結局こっちに引っ越す事になった。

お母さんは、あんな忙しい中であのドレスをつくったんだわ。

母の遺品を整理してると、ドレスがでてきて、
一度も袖を通されることのなかったそのドレスは、もうサイズがあわなくて着る事は出来なかった。
ひさしぶりに見た緑色のドレスは、とても可愛かった。



―――― ビアンカには緑がよく合うわね



そう笑う母の顔がうかんで、胸が熱くなった。
枯れたと思ってた涙が次から次へとこぼれていって、どうしようもなかったわ。

ごめんなさい。お母さん。ごめんなさい。

ありがとう。


お母さん。

大好きよ。


…伝えたい相手はもういない。


おかあさんは、あんなにいっぱいのことをしてくれたのに
私は、お母さんに何をしてあげられただろう。
我侭ばかり言って、困らせて、悲しませて


そのまま、死んじゃった。



不変のものだと思ってたのよ
馬鹿みたいよね。




あれから、10年か。

お母さんもパパスおじ様ももういないのね。

アルカパも

サンタローズも

海を越えた向こう。


ずいぶん遠くになってしまったなぁ。






まっすぐ月を見上げるビアンカは背筋をシャンと伸ばしていて、
その横顔は月の光の中でも凛としていて、

リュカの瞳に鮮やかな色をうつした。


そっと横に落ちている白い手に自分の手を重ねる。


青い瞳は自分を振り返らなかった。



握り締めたその手は昔と違って自分よりずっとずっと細くて小さかった。

だけど、自分の中の欠けた何かが、そっとはまった気がしてホッとした。





そして、月を見上げる。


あの頃と同じ月が二人を優しく照らしていた。





 

 

何人かに「主ビア書いて欲しい」と言われたので
リクエストに応えて書いてみました。

これが私の精一杯の主ビアです。
愛の言葉ひとつない。
でも、伝わってくれたらいいな。

なんだかドレスの話は何処にでもあるような話で恥かしいのですが
というか、書きながらこの話どこかで見たことないか?
と思いながら書いておりました。
私の書く話ほとんどがそんな感じなのですが^^;


あとがき

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