山奥の村道
-後編-


 

「もしかしてビアンカ殿はリュカ殿が私たちを見捨てて戦線離脱したと思われておられませんか」
焚火を囲んで寝床の準備を整えながら、ピエールがそう切り出した。

ひっくり返っているプックルのお腹をモフモフしながらビアンカは応えた
「ええ。そう思っているわ」
「それはちがうよっ!」
おいらは思わず叫んだ。
「人間が来たらリュカは隠れようって皆で決めたことなんだ!」
そんな誤解をされていたなんて!
ピエールも大きくうなずいた
「リュカ殿が非難される言われはないのです」

「リュカはね、おいら達の所為で人間達にひどい目にあわされたんだ」

人間達のためにやったことなのに、危険を冒して魔物の住処まで入って行ったのに
おいら達がいるせいで詐欺師扱いされて、馬の糞をぶつけられてぐちょぐちょになってた

「あの夜、リュカ殿は一人で泣いておられました。
私達に見つからないように毛布にくるまって。」

「だから、リュカは悪くないんだ!」
どうにかビアンカに理解してもらいたくておいらは力説した。


「だから、だからねっ」

ビアンカはおいら達の話を聞きながらにっこり笑っていた。

 

「あなた達本当にリュカが好きなのね。」

白い手が伸びてきておいらの頭をなでた。

「今まで辛かったわね」

不思議な言葉だった。
そんな言葉をかけられたのは生まれて初めてだ。
辛い?おいら達が?

「おいら達、モンスターだよ?」
「リュカの事好きなんでしょ?」
「…うん」

「なら私と一緒よ」
「大好きな人が自分のせいで傷ついたら、たまらないわ。」


自分達のせいでリュカが傷ついている。苦しんでる。


ツ ラ イ


 

「…うん。辛かった」



ねえ、リュカ。

おいら達と一緒にいるの辛い?

恥ずかしい?

おいら達傍にいない方がいいのかな



別れるのは寂しいけど、おいら達はリュカが好きだから
おいら達がいないことで幸せになれるなら、辛くなくなるなら
おいら達別れてもいいよ


「本当バカよね。アイツ」
ビアンカの手の平がおいらの体をそっと包み込んだ。
その手は暖かくて、おもわず涙がこぼれた。

「自分だけ辛いって思ってるんだから」

リュカは馬車の影にたっていた。
馬車に毛布を取りに来たところで皆の声がきこえてきてそのまま動けなくなってしまったのだ。


リュカははじめて皆の泣き声をきいた。

 


くすぶる程度の火を残して夜行性の者を残して皆寝入ってしまったようだ。

リュカは皆とは少し離れたところで毛布にくるまって残り火をボンヤリと眺めていた。
胸のモヤモヤが晴れなくて眠れない。不安で気を抜けば泣いてしまいそうになる思いをグッとこらえて、眠気がやってくるのを待った。

いつまでたっても、目は冴えたままだ
何度も何度も寝返りを繰り返していると足元の毛布がモゾモゾと動いた。
そのまま頭の方に上ってくる。胸元で毛布からぷるんとゼリー状のものが飛び出した。
くるんと一回転して目と口があらわれる。
「スラリン」

「リュカ眠れないの?」
そう尋ねられリュカは乱れた毛布をかけなおした。
「…うん」

ビアンカがね。
おいら達のために泣いてくれたんだ
おいら、モンスターなのに。
辛かったわねって。


「おいら、ビアンカ好きだよ」
リュカは?
と聞かれてリュカは俯いた。
「うん…僕も」

――――好き。


昔小さい頃、二人でお化け退治に行ったことがある
深夜にビアンカが起こしにきて、前の晩散々な目にあってビアンカにおんぶされて帰還した僕は、
もうあんな目にあうのはこりごりと、毛布に潜って寝たフリをした。
揺すっても叩いても起きようとしない自分をみてビアンカは諦めたように部屋を出ていった。
ドアが閉まる直前鼻を啜る音が聞こえて、僕は毛布からそっと顔を出した。
窓の外を覗くとビアンカが一人で宿から出ていく姿が見える。
ただの野良猫のために何もそこまで無茶することはないと思うのに。

「…変わってないなあ」

今その子猫はビアンカの傍にいる。


スラリンが隣にいる
先ほどまでどこかに行っていた眠気が戻ってきた。
…暖かい。
スライムは恒温動物ではないから自ら熱を発したりはしない。でも確かに暖かさを感じた。

本当バカだ。

自分の傍に寄り添ってくれる者がいる。それだけで人は不思議なくらい安らげるというのに。
独りは苦しいということ自分はよく知ってるというのに。
一人ぼっちは嫌なくせに

僕は…









次の日の朝、ビアンカの姿はなくなっていた。







早朝の澄んだ空気の中ビアンカは伸びをした。

昨日は賑やかだった道のりを今は一人寂しく歩む。


「スラリンとはね、オラクルベリー近くで出会ったんだ」
倒すのもかわいそうだから無視して進んだんだけど、そしたらもうプンプン怒ってね。
何度も追いすがって文句言ってくるんだよ。
「だってさ、おいらが決めポーズとってるのに、無視するなんてひどくない?!」
どうしたものか困っていたら、そのまま馬車の車輪に踏みつぶされちゃって
ぺちゃんこになったまま動かないスライム前にリュカは動揺した。体には車輪の跡がくっきり。
とりあえずホイミをかけてみたら、目を覚ましたスライムは泣きながら逃げて行った。
「敵に情けをかけられて、おいらのプライドズタズタだよ」

「だから、おいら腹いせにリュカ達の食糧全部食ってやったんだ」
夕食を摂ろうとリュカが馬車を覗くと食べ物の残骸とプクプクと太ったスライムが一匹転がっていた。
「逃げるつもりだったけど、食べ過ぎて動けなかったんだい」
「ブチ切れたヘンリーにボッコボッコにされてたよね」
おそらくリュカがかばわなければスラリンは地面のシミへとかわっていただろう。
「あれは、めちゃくちゃ怖かった。あんなに怒ることないのに」
「あれは仕方ないよ。あの後オラクルベリーへ引き返すことになり着くまでの2日間絶食状態になったんだから。」

久しぶりに再会した幼馴染は、道中ずっと嬉しそうに仲間の事を語っていた。

だが、そのリュカが突然、岩の陰に身を隠したのだ。
一体何事かと驚いたが手を引かれるままに自分も身を隠した。
どうやら前から旅の一行が近づいて来たようだ。
知り合いかな?合うとまずい人でもいるのかしら

離れて様子を窺っていると、皆は敵と勘違いされて攻撃を受けていた。
傍からみればモンスターの一行であるから、当然だ
私が飛び出そうとしたら腕を掴まれ「大丈夫だから」と言われた。
リュカの言うとおり皆相手の攻撃を余裕で受け流している。そして逃げる。

しっぽを巻いて逃げる姿を人間に嘲笑されていた。
おそらく反撃すれば勝てる。
そんな相手に馬鹿にされて悔しいだろうに皆手を出さずに堪えていた。


私は我慢できなくて、どうして助けに行かないのかと問いただそうとリュカを見たら
リュカは、目をそむけ体を小さくしていた。


そのとき気がついた。
コイツは逃げているのだと。


気がついたら、怒りと情けなさに手が出ていた。

おかげで友達たくさん無くしたかもしれない。

でも後悔はしていない



朝起きたら、仲間の皆がいつもどおり話しかけてきた
あたりにビアンカの姿は見当たらない。
僕はホッとした
寝坊助のプックルを起こそうと、皆が恐々ちょっとずつ彼にちょっかいをだす。
あまりに度が過ぎるスラリンに怒ったプックルがかみつく。
それを危機一髪でかわしたスラリンは追い回されて泣きながら僕の懐へ逃げ込んでくる。
昨日の出来事は夢だったのではと思ってしまうほどいつもの見なれたの光景。

だが、ビアンカが姿を現したらまた昨日の様になるのだろう。

ビアンカの登場をビクビクしながら待つ。
しかし、野宿の片付けも終えても現れない。てっきりトイレにでも行っているのかと思っていたのだが
いつまでたっても現れないビアンカを不思議に思いリュカは皆に聞いた。
「ビアンカは?」
その名前をあげた瞬間、シンとなった。
「え?一体どうしたの?」
説明を求めたが皆目をそらす。
異様な空気の中、ピエールが進み出た。
「村に帰ってもらいました」

一瞬意味がわからなかった

「そんなっ…だって…」

「無論ちゃんと水門の開け方教えてもらってます。心配無用です」
そう言って水門のカギを見せてきた。

「違うよっそうじゃなくて」
別に、ビアンカいないと水門が開かないじゃないか!と心配したわけじゃない。
会話がかみ合わなくてクラクラした。
「帰らせたって、なんで!?」
ビアンカは誰よりも皆の事を想い考えてくれていたし、皆もそんなビアンカに寄り添っていた。
それなのになんで追い払うような真似をするんだ!?

ピエールは何をそんなに動揺しているのか不思議だとばかりに首をひねる。

「私たちはリュカ殿と旅がしたいのです。
お二人が一緒にいたくないというのなら、こうする他ありません。」

そのあまりに淡白な言いようにリュカは真っ青になった。

「……っっ!!ビアンカっっ!!!」

リュカは飛び上がり、全速力でビアンカの後を追いかけた。

全部自分が悪いのに
そのせいでビアンカが皆に村に帰れと言われるなんて
こんな酷い話しあるかっ

「ビ…っハァッ 待っ…っ」

想像以上に距離が開いていて、ビアンカの姿を見つけた時には足がガクガクいっていた。
僕の声に気がついて、ビアンカが振り返る。

なんとか追いついたのはいいものの、必死に走ってきたため
今度は息を整えるのに必死になることとなる
膝に手をつき肩で息をする。汗が顔をつたって地面へ落ちる
「ごっ…っめっっ…ハッハァッッ…ごめッ…ハlァッ」
体がまだしゃべれる状態じゃないのに、気持ちは今すぐに謝りたくて急く。
おかげで息が出来なくてパニックだ

ビアンカの手がそっと頭にふれた。
胸が熱くなった。

あ、これ…。
昔もこんな事があった。
お化け退治に行ったあの夜だ。
ビアンカを追いかけて行ったはいいものの、いざ前に立つと
寝たふりをしてたこととか
そのくせに、いかにも「自分で起きて追いかけてきました」といった風に合流して誤魔化そうとしていたこととか、
ズルイ自分を見られて、とてもバツが悪かった。

モジモジしていたら、今と同じように頭をなでられた。

ただそれだけで、ビアンカが僕の自分勝手な行動を許してくれたことが伝わってきた。

急いた心が落ち着く。
息が落ち付く。

「ごめん。ビアンカ」

ビアンカは腰に手を当てて「よしっ」と頷く。
他の人がやると偉そうに見えるその仕草も
ビアンカがやると、あっけらかんとしていて僕等は笑いあってしまった。

ああ、僕はこの人には敵わない。
一生敵わない。

「寂しかったでしょ」

それは、昨日の話だ
道を歩む時、干し肉を頬張る時、夜寝床につく時
誰も僕のそばにいない。他愛無い話も出来ない。
黙々と過ぎていく時間

「うん。すごく寂しかった!」

少年の様に素直に告白する。
だってこの人の前では自分を飾っても意味がない。

「大切にしなきゃだめよ?自慢の仲間なんでしょう?」
ビアンカは腰に手をあてたまま僕を叱りつける。
パパス亡き今、こんな風に僕を叱ってくれるのはビアンカぐらいだ。
久しぶりの感覚に僕は「はいっっ」と背筋を伸ばした。

「あなたには勿体ないわ」

ほらっと促されて後ろを振り返ると僕を追い駆けてきた仲間達がいた。
皆、心配そうにこちらを窺っている

「うん。本当に。」


皆に
謝りたいことがある
感謝したいことがある

伝えたいことがたくさんある。

皆が傍にいてくれて良かった。

僕は大好きな皆のいる方へ歩を進めた。








僕の体は今、
引きずり倒され、もみくちゃにされて地面へ沈んでいる。

………なんで?

謝罪と感謝そして「これからも傍にいて欲しい」と伝えると
当たり前だ、何を今更、逆に恥ずかしいと仲間から総攻撃をくらった。

ターバンを引っ張られ
腹の上にでぴょんぴょんとはねられ
足に噛みつかれ
尻尾で顔をベシベシとはたかれた

………なんだこの酷い仕打ちは

僕をもみくちゃにしている皆のむこうで
ピエールとビアンカが二人並んで話しているのが聞こえてきた
「上手くいきましたね」
「ねー」

目が点になる。え?どういうこと?
「まったく。リュカは世話が焼けるよナー」
皆がキシシシと笑った。
「なんだよそれー」

「だってね。ビアンカ帰らせたって言った瞬間すごかったんだよ」
ビアンカ聞いて聞いてとスラリンが飛び跳ねる。
「び〜あ〜ん〜かあぁ〜〜〜」
リュカの顔真似をしながらスラリンが情けない声をだす
僕は真っ赤になった。
「ち、ちが…」
そんな声だしていないと叫びたかったがあの時は必死だったので覚えていない
「び〜あ〜んモゴゴッ」
再び叫ぼうとするスラリンの口を無我夢中でふさぐ
「キャウゥ〜」
スラリンの後を継いだコドランがさっきのリュカのごとく走り出してビアンカの胸に飛び込んだ
顔から火が出そうだ。

ビアンカが笑った。
蒼い瞳が細くなって白い歯がこぼれる。
髪が太陽の光をはじく。

とてもまぶしくて
僕は目を細めてその笑顔を見つめた。
 




あとがき


一人では抜け出せない泥沼ってありますよね。
抜けだそうともがけばもがくほど、沈んでいく。
ビアンカは
引っ張りあげてくれる存在であってほしい
そして叱咤激励。


おそらく描く事はないだろうと思いフローラ像を少し挿入しました。

ラインハット過ぎたあたりから
ずっとリュカは寂しかったと思います。
ヘンリーと別れた寂しさもあるけれど、その直後のカボチ村の出来事は強烈だっただろうなと。
ゲームしてる側ですら嫌な気分になるのですから、当の本人のショックは計り知れなかったと思う。
人間の差別、猜疑心そういったものに直面し途方に暮れたとおもいます
自分を肯定してくれる人がいない。
仲間はたくさんいるけれど、違うんですよね。
ヘンリーに会いに行ったら結婚してるし。孤独だっただろうなって思う。


だから、サラボナでのフローラとの出会ったとき

全く知らない、偶然出会った女の人が
モンスターをみても全然怖がらず接してくれる。
笑ってくれる

あまりに無防備すぎて動揺するリュカ一行に対して
「私何かおかしいですか?」
と頭を傾けてきょとんとしてる

それって、忌み嫌われてきたリュカにとってはすっごく癒されたんじゃないかな。

だからね。なすの中では
「昔出会いましたね」とか、「修道院でのすれ違い」とか
そういうのいらなくて、全く初対面がいいのです。
折角のフローラの懐の深さが生かせない
初対面だからこその魅力なのです。


っと。
これはなすのフローラ像です。人それぞれのイメージがありますよね。
以前、キョーコさんとチャットで語り合ったことがあります。
お互いのフローラ像が違すぎて、ものすごく楽しかったw
こういう機会ってなかなかなくて、いい時間でした。

なすは
「フローラ初対面派」
一目惚れって素敵じゃないですか
もちろん主人公の方がフローラに一目惚れが良い。

そのうち、語りページ作ってしまうかも。

感想お待ちしてます





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