ラスとヘンリーと
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 もし、ここで助かるとしたら、落雷がこの執行人を貫くぐらいか。
しかし見上げた空は青く透き通っていて、雲ひとつ無い、昇天するには絶好の空だった。
オレは目をつぶった。

そして・・・


そこまでいって、ヘンリーはニンマリと笑った。
「へ?」と驚くラスに「何が起きたと思う?」と嬉しそうに尋ねられた。
いきなりすぎて咄嗟に何も思いつかない
「有り得ないことだ」
いやーあれはびびったぜ。まさかあんなことが起こるなんて。あれこそ奇跡だよな。うんうん
と一人楽しそうにぶつぶつといっている。

なんだ。一体何が起きたんだ?
ちょっと待て気になるじゃないか。勿体つけるな。

どんどん顔をしかめていくラスにヘンリーは答えた。

「落雷が起きたんだ。処刑人の頭上に」

いやー有り得ない有り得ない。
腕を組んで楽しそうにうんうんと何度も頷く。

嘘だと思った。
別に、確信があったわけではない。
でも何か今までの話とは違って釣り合わない感じがした。
そんな奇跡と、今の嬉しそうなコイツの顔が。

 

「本当はどうしたんだ?」
「…どうして嘘だと思った?」
ヘンリーは、笑いをおさめた。
「あんたがあまりに嬉しそうな顔をしていたから…。」
そんな奇跡じゃあ、そんな顔にはならない。
そう言ったら、「…そうかもな」とまた優しく微笑んだ。

実際はそんな奇跡起こらなかった。

「他の奴らが飛び出してきた」
皆でリュカの前に座り込んで、先に殺せと叫んだんだ。

オレは一瞬我が目を疑った。
奇跡がおこるよりありえない話だった。夢でも見ているのかと思った。
怪我をしているのは背中のはずなのに胸が痛い、瞼が熱い。
ああ、現実だと思った。

この奴隷の反乱に奴らは明らかに動揺していた。
前代未聞の出来事だろう。
退かせようと、何本もの鞭がとんだ。
どんなに叩かれようと蹴られようと皆動こうとしなかった。
処刑執行人をまっすぐ見据える。
頑として動かない俺たちに、流石にたじろいだ。

途方に暮れた監督達が集まって話し合いはじめた。
皆殺しだ!という叫びがしきりに聞こえる

奴隷がいなくなって困るのはあっちだ。
それが俺たちの強みだった。
判決の時を待つ。

舌打ちを一つした執行人が振り返り叫んだ。
「処刑はやめだ!さっさと持ち場に戻れ!!!」

それは、奴隷が修めた初めての勝利だった。

 

歓声があがった。

「奴隷だったあの10年は最悪だったが」
あの瞬間だけは未だにまぶしくて、ずっと大切にしまっていたいと思う。
いつも見て見ぬフリをして、自分のことで精一杯の奴らが
リュカのために、たった一人のために動いた。

いつも恐怖と絶望に支配されている目に光が射していた。

もちろんこれは一瞬の栄光だ。
また地獄の毎日が始まる。
それでも、誇らしげな笑顔が皆の顔からこぼれていた。
皆が輝いていた。
リュカに謝罪と感謝の気持ちを口々にいいながら、現場へともどっていく。

オレは感激してリュカを振り返った。
いままでの苦労がやっと報われたんだ。さぞ喜んでいるだろうと思った。
しかし、想像とはうらはらにリュカは蒼白になっていた。
浅い呼吸を繰り返している。
「おい?」
地面に手をついたかと思うと、嘔吐した。
体を支えてる手がカタカタと小刻みに震えている。
吐き気が続くリュカの背中をさすりながら、
こいつの父親の最後を思い出して、ああそうかと理解した。
自分をかばって死んだこと、相当トラウマになっているんだ。
皆が自分をかばいながら殺せと叫ぶ姿はさぞかし、悪夢だったことだろう。

「大丈夫。皆無事だ。」
「皆お前が好きなんだ。」
リュカは首を横に振る。信じられないらしい。
「…もう、こんなことはしないでくれ」
「やだね。」
必死なリュカの頼みをオレはあっさり拒否した。
困惑顔に向かってニヤリとわらう。
「お前より先に死ぬって決めたんだ」
「そんなの困る!」
「そうだ、お前に早死にしてもらったら困るんだ」
オレは長生きしたいんだからな。
「だから大切にしてくれよ」
アイツは嬉しいんだか悲しいんだか良くわからないグシャっとした顔をした。

オレは罪の深さを知った。

 

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