ラスとヘンリーと
-5-

 

アイツは一人ぼっちになったとき、外見は、全く何とも無い顔をしてたが
本当はものすごく寂しかったんじゃないかとおもう。
「ああ見えて、相当な寂しがりやだから」
このことに気が付いたのは、ずっと後の話だ。
あの時はその辺の様子にこれっぽちも気が付かなかった。

ラスにとってはちょっと信じがたい言葉だった。
普段のあいつは、何事にも動じずいつも穏やかな空気を纏っているから。
「寂しい」なんていうガキっぽい感情など無縁であるように感じるのだ。
「意外か?」
いきなり話をふられて俺は頷いた。
そんな俺を見てヘンリーは優しく微笑む。
「今は、お前らがいるからな」
その言葉で顔に熱が帯びた。
…なに照れてるんだ俺!
何故か赤くなった頬っぺたひっぱたいてると、話が再開した。


助けているのに嫌われたら、そりゃあ途方にくれるだろうな。
嫌うくせに皆必ずリュカの助けを求めるんだぜ。
「まったく都合良いやつらだよな。」

そういって自嘲するヘンリーを見て、こいつも例外じゃなかったことがわかった。

「それでもアイツは助けるのをやめなかった。」

やめなかったが
あいつは精神的に追い詰められていた。
考えてみればオレたちは、リュカが助けてくれることで精神的な孤独からも救われていたけど、
リュカを助ける奴はいなかったから、あいつはずっと本当に孤独だったんだ。
「一人ぼっちが平気な人間はいない」
当たり前な事なのに。オレはわからなかった。
気づいてやれなかった。
アイツのこと神だか仙人だかのように思ってたんだ。

「もしあの時、気づいてやれてたら」
何もしなかったかもしれないけど、もし何かしていたら。
「アイツはもっと幸せに生きれたかもしれない。」

そう言ってヘンリーは目を伏せた
ラスは、居心地の悪さを感じてはじめていた。
話はとまらない。

追い詰められたアイツはついに…
「人助けをやめたんだ。」
助けを求めてくる奴をアイツは見てみぬフリをした。

衝撃的な話だった。
「アイツが人を見捨てた?」
まさか。だって。


「たった一度だけだけどな。」
動揺するラスに俺も同感だと頷く。
きっとアイツにとって人生でたった一度自分に負けた瞬間だ。
オレはその瞬間を目撃してしまった。





その日オレの仕事は、崖に杭を打ち込む事だった。
命綱なしでロッククライミングするんだ。それはもう、スリル満点だった。爪が割れるわ、血が吹き出すわ、おまけに休むことも出来ないわで。足場が崩れ落ちるたび、何度死を覚悟したことか。
そこからは下で働かされてる様子が見渡せた。

下の方が騒がしくなって、目を向けると奥にある洞窟に人だかりが出来ていた
聞こえる声から、落盤がおきたみたいだということがわかった。

「岩質とか考えることなく掘っているから、別にそこまで珍しくも無い。オレも一度埋まったことがあるしな」

いったい何人犠牲がでたんだろうか。
落盤がおきると、鞭男が癇癪をおこし手当たりしだい鞭を振るいだす。
これが一番性質が悪い。これによって犠牲者が増える。
オレはこの日ばかりは上にいることを喜んだ。ここでは鞭は飛んではこない。

足場が広いところにたどり着き、一息ついた。
下の様子を眺めていると、落盤とはべつの場所で落石につぶされた男が一人見えた。
ほとんどの奴が落盤の後処理にまわされていて、誰も気が付かない。
哀れな奴…
そのとき丁度リュカがあらわれた。
また誰かを助けて鞭で叩かれたのだろう。背中が赤かった。肩を抱きながら足を引きずっている。
男はリュカを見た瞬間天使でも現れたかのように顔を輝かせた。
必死で助けてくれともがいているのが見えた。
皆、リュカなら必ず助けてくれると信じているんだ。
その男は下半身は完全に潰れて、内臓も飛び出ていて
遠くから見てももう助からないと思った。
それでもリュカは救いの手を差し伸べるだろうとオレも、信じて疑わなかった。

リュカは男を見て一瞬立ち止まった。そしてゆっくり近づいて行く
「ほらな」
ふん聖者め、とオレは毒づいた。
しかし、ゆっくりと近づいたように見えたリュカは

そのまま傍を通り過ぎた。


 

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