ラスとヘンリーと
-6-

 

一瞬、オレは我が目を疑った。
そのまま呆然とその場を去っていくリュカの後姿を見送る
そして
だんだんと腹の底からむず痒いものが湧き上がって来るのを感じて
反射的に止めようと鼻に力が入ったが、たまらず爆発した。
こんなに笑ったのは生まれて始めてかも知れないと思うほど、大声で笑った。
腹がよじれて痛くて抱えた。笑いすぎて涙がにじむ。
幸い落盤処理に追われて誰もオレが笑い転げていることに気づくことはなかった
笑いが止まらなかった。
聖者ぶってたアイツもついに堕ちた!
愉快でたまらなかった。
ガッツポーズをしてよっしゃあ!!っと叫びたい気分だった。

オレは狂ったように笑い続けた。

その日から、オレはアイツを見下すようになった。

自分は、幾数もの命を見捨ててきたくせに
「何を優位に見下してたんだか、全く笑っちゃうよな。」
そういって親父の親友は目を伏せた。
ラスは何も言えなかった。構わず話は進む。

アイツは再び人助けをするようになった。今まで以上にだ。
だけどオレの目にはどんなに素晴らしい事をしても偽善者としか映らなかった。
おかげでアイツに対する良心の呵責もなくなった。

今までアイツの行動なんて理解できなかった。
平凡な俺らとは創りが違うんだと思っていた。特別なんだと。
でも、あの日からアイツの感じていることが理解できた。

男を見捨てた事を心底後悔していることも、
今まで以上に人助けをするようになったのは償いのつもりだということも、
償っても償っても傷が塞がることがないことも、

まさに「手に取るようにわかる」とはこのことだ。
アイツも所詮人間だった。

ラスは耳を塞ぎたくなった。
理解出来なくて憤る気持ちと、でも納得出来てしまう胸のムカムカ感が不快だった。
これが実際にこの世界で現実に起こったことだと思ったら更に酷い不快感に襲われる。
こんな話聞いていたくないと思いながらもでも、続きが気になって止めることが出来ない。

俺はこうなってやっと理解した。
何故コイツが言うのを躊躇したか、
何故アイツが教えてくれないのか、
何故サンチョ達が子供に言うべきでないと言っていたのか。
こんな気持ちになるってわかってたんだ。

また続きが始まりそうになり、俺はやはりとめることが出来なかった。
この話、全か無かのどちらかだ。
今まであんなに俺が聞きたがる姿を面白がっていたヘンリーはこの話がはじまってから全く俺の意思を仰がない。
「嫌」とも「良い」とも言えない俺の気持ちも見透かされているのだろう。
「語る」と決めた時点からきっとコイツは中途半端に止める気はないんだ。
最後まで聞かされると確信して、抵抗を感じたし安堵もした。

もう始まってしまったことは仕方ない。
今はせめて
「だから聞かない方が良いって言ったんだ」と言われない様に。

俺は歯を食いしばった。


オレは、あの日の出来事を誰にもしゃべらなかった。
それは、決してアイツの為とかじゃない。

「知っている」という事、誰にも知られたくなかったんだ。
ずっと切り札として持っていたかった。
この切り札は人に話すと威力は半減してしまう。
より有効であるようにオレは黙っていた。
別に使わなくても構わない。
「切り札を持っている」という優越感だけでオレは満足だったから。
『アイツの穏やかな表情を俺の一言で歪ませることが出来る』
考えると気分がよかった。
オレはこの切り札が絶大な威力を発揮する瞬間を嬉々として待った。

そして、その効果が発揮される時がきた。
あの時俺は・・・

ヘンリーは言葉を濁らせた。
「…っ」
詰まった言葉はなかなか出てこない。
俺から目を逸らした。眉間にしわをよせて辛そうな顔をした。
「あー…っ」
苦悩したようにぐしゃぐしゃと頭を掻いている。
そして俺の方をちらりと伺った。
確かにこんな話したくないだろうなと思う。
もしオレだったら思い出すのも嫌だ。記憶から抹消したい。人にしゃべるなんて以ての外だ。
でもコイツはオレなんかにしゃべっている。
オレは目を離さないで、話の続きをまつ。
目が合った。
しばらくジッと目を合わせていると、途端フッと陰ってたヘンリーの目に光が宿り表情が和らいだ。
「…ここで誤魔化す方が最低だよな」
そういって恥じ入って懺悔をするように、頭を下げた。

・・・あの時オレは、仲間とリュカの陰口をしゃべっていたんだ。
優越感に浸って調子に乗ったオレは

リュカだけに止まらず

アイツの父親まで・・・


 

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