トロッコの洞窟

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腕の中の子供がやっと眠りに落ちたのを見てプサンはふうと息を吐いた。

とりあえず、目の前の危機は回避したとして、
この子が目が覚ましたとき、また二の舞にならないだろうか。
自分の取った行動が根本的な解決にはならないのはわかっていたが今はこうするしかなかったのだ。

さて、どうしましょうかね。

首をひねるプサンの耳に物音がきこえた。

子供から視線を外して顔をあげたプサンは一気に蒼白になった。

キラーパンサーが全身の毛を逆立てて、猛スピードでこちらに向かってくではないか。

プックルと呼ばれたその魔物は、二人が会話を始めて手持ち無沙汰になり、無鉄砲な子が出来る限り危険な目にあわぬよう先を偵察に行っていたのだが。

もどってみれば大切な子供はさっきまで会話をしていたはずの人間に抱えられていた。

いつも強い光を放ちながらも不安定に揺れる青い瞳が、力なく閉じられているのを見てプックルは怒り狂った。

血走った目が蒼白のプサンの目を捉えた瞬間、怒気をのせて雄叫びをあげた。
すさまじい殺気がまっすぐプサンにぶつかり、全身の筋肉がビリビリと痙攣をおこす。
先にいた魔物を葬った後なのか、むき出された牙に血が滴っていた。
その相貌は「地獄の殺し屋」の異名に相応しく見る者の心を凍りつかせた。

その魔物はこの子供達の仲間だ。
だが決して自分の仲間なわけではない。
この魔物にとって自分を殺すも生かすもどうでもいいことなのだろう。
いままで襲ってこなかったのは、ラス君が自分を慕っていたからだ。
ラス君の意識がない今、これを止めるすべはない。

それどころか大切な主人を倒した自分は完全に「敵」と見なされただろう。

今にも噛殺さんばかりのプックルの勢いにプサンは焦った。
「ちょ…ちょっと、まって、待ってくださいっっ」
竦みあがった足でちまちまと後退しながら、必死に訴える。

もちろん、そんなことでプックルが止まるはずはなかった。
そのスピードを緩めることなく地面を蹴りあげ、小型の牛程もある巨体がプサンに襲い掛かった。


今自分の目いっぱいに映し出される、赤い口とむき出しの牙、そして突き出された鋭い爪それら全てが自分を貫かんとしていた。全てがスローモーションの様にみえた。体は動かずただ切り裂かれるのをまつ。

しかし全ての刃は体に突き刺さる寸前で軌道をかえ顔の真横を通り抜けていった。

時間が元の速さに戻った瞬間冷や汗がドバッと吹き出した。
走ったわけでもないのに今の数秒で肩で息をすることとなった。
恐る恐るキラーパンサーの姿を追って後を振り返ってみると、首筋に液体が伝った。
はっとして、手をやると頬に数本の傷が出来ていてそこから血があふれ出ていた。

人を殺すなと躾けられているのか、
それとも、抱えられているラス君の身を案じたのか、
おかげで自分は速攻で殺される事を回避出来、この程度の切り傷で済んだのだ。
だが、それだけであちらの怒りは納まってはいるはずもなく、キラーパンサーは自分をどう料理してくれようと、のっそりと歩みながら間合いを計っていた。

プサンは慌てて、腕の中の少年を差し出した。
猛獣と自分との間に細心の注意をはらって優しくそっと横たえる。
瞬間、キラーパンサーが飛び掛ってきた。

ヤッパリ少年を手放すのは間違いだったと、後悔しながらひいいいいっと後退し、背を向けて縮こまった。
プックルはプサンを切り裂く事はせずにラスとプサンの間にトッと着地した。
いつまでたっても何も衝撃が来ないのを不思議に思ったプサンがそっと後を伺った時、
地獄の殺し屋は少年の顔に鼻を近付けて息を確かめていた。

黒い耳が心配そうに垂れ下がっている。

その様子を見てプサンは胸が痛んだ。
この魔物にとって、この子は本当に大切なのだ。

だから自分に対する怒りは至極当然のものだった。
心底申し訳なくおもった。

「大丈夫です。ちょっと眠っているだけです。」
どうにかこの魔物を安心させようと、状態を説明してみた。
「すみません。あのままだと、自分を追い詰めて傷ついていくだけだと思いまして…」
そう言いながら、自分の言葉は全く持って言い訳にしか聞こえないなと感じた。


プックルは数回子供に頬ずりをし、すぐに意識が戻らないのを確認してから
ラスの傍に寄り添うように寝そべった。
尻尾が不機嫌そうに揺れる。

とりあえず、自分は殺されずにすんだようだ。
ふぃーっと息をはいて、額の汗を拭おうと上げた腕に痛みが走ってプサンは顔をしかめた。
かばうように触れた腕は腫れて熱を帯びていた。
…そこは先ほどラス君に掴まれていたところだった。
子供とは思えない信じられない握力。
それくらい少年は必死だったのだ。

改めて、プサンは小さな勇者の様子を伺った。
奇麗に生えそろった睫毛が涙をふくんでいて、胸が締め付けられるおもいがした。自分は随分とこの子供を怖がらせてしまったようだ。
思わず手を伸ばそうとすると
少年を守るモンスターが唸り声をあげた。腰を浮かせて攻撃の体勢に入り、牙を剥き出す。

プサンは即座に降参のポーズをとった。
「はい。もう何もしません」
両手を上にあげて、ゆっくりと後退する。

プックルはしっかりとプサンが距離をとったのを見届けてからフン、と鼻を一つ鳴らし腰を落ち着けた。
傍に横たわる子供を優しく舐める。

その様子を見てプサンは苦笑するしかなかった。
「こんなに、モンスターに好かれる勇者も珍しいですけどね」

 


プックル大好きですw
しゃべれない分行動で語る。
主人には従順なのですが
他の者にはまったく耳を貸さない頑固ものです。

双子はプックルがしゃべれないことを良い事に、
誰にも言えない心の内とかしゃべってそうです。
泣きながら抱きつかれたりとかされて。

悪ぶってみせる王子がどこか不安定なのも、感じていて
それが危なっかしくて
馬鹿なことで命を落とさぬように見守っています。

 


 

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