勇者のグラム数
(ピピン編)

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グランバニアはその全体が城であり、街であった。巨大な城の中央に王族の住む『区域』があり、そこは一般国民の住む区域と強固な壁などで区切られてはいない。すべてが建物つながりで、廊下を歩いていると兵の姿がふえてきて、装飾品が高価そうになってきたからなんとなくそろそろ王族の区域?というくらい曖昧なものだった。もちろん完全に王族の住む区間に入るときは間に扉をくぐらなければならないようにはなっているのだが。他の国では考えられない破格のことだった。
おかげでグランバニアでは王族と国民との壁は薄い。
そのためお二人はよく一般国民の住む区域へと遊び行っていた。それを咎める者はあまりいない。いってしまえばそこも「城内」にはかわりはないのだ。

王女は大層なおてんばで、頭も良く明るいので街の子供達に大人気だった。
自分には歳の離れた従弟がいるのだが、やはりティル様に心酔していた。対して常にその隣にくっついているラス様を「あの金魚の糞」と称していて苦笑したものだが。
おてんば王女に率いられた子供達は、良くも悪くもよく騒ぎをおこしていた。

一般地域への外出しないときは王が仲間にした魔物達と戯れていることが多かった。

そして、たまに「精霊探し」というものをしている二人の姿がみれた。
特に特別な事をしているわけじゃなくて、二人で何やら城中を探索して走り回っているだけなのだが。
大人は皆、それを子供の他愛のない空想ゴッコだと思って温かい目でみまもっていた。
自分もそう思っていた。小さい頃自分も、空想の生き物を探した覚えがあるから。

ある日、それが空想ではないことを知った。

見張りの時間が終わって休憩室へと向かう途中、王女が纏う『香り』を感じて自分は足を止め振り返った。それが香ってくる方向は、先が行き止まりになっている廊下であまり人の足を踏み入れない場所。
・・・一体なんだろう
『香り』に惹かれるようにしてピピンは歩き出した。

足を伸ばしたその先には、なんとも不可思議な光景がひろがっていた。
そこには予想通り王女がいた。そばには王子がたっていて。
どうみても二人しかいなかった。
なのに王女は誰もいないはずの方向に向かってしゃべっているのだ。
ラス様はその様子を後からポカンと眺めていた。
王女は何も無い空間にむかって何か語りかけ、頷きクスクスと一人で笑いだす。
そのあまりの異様さに、王女はどうにかなってしまったのではないかと心配になった。

ティル様がそっと宙に手を伸ばした。
その瞬間、何もなかった空間にそれは現れた。
ひしゃげながらも天井へと伸びる幹。大きく広がる枝、生い茂る葉。それはみるからにかなりの年季の入った老樹だった。樹が建物内に生えている。
腰を曲げたような形をした幹の色は茶色というより黒っぽく。表面はしわだらけでコケがびっしりと生えている。葉っぱもくたびれたようにだらんと垂れ下がり、一見すると妖怪のようにもみえた。
それがこの世のモノではない証拠に向こうの窓が透けて見える。
実際妖怪だったのかもしれない。なぜならその樹は生きて動いていたから。
太い根が石畳の床の上で蠢き、枝がティル様に向かって伸ばされる。
その動きすべてが緩慢で、危険を感じるようなものではなかった。逃げようと思えばすぐに逃げれるだろう。ティル様はその樹に触れたままジッと動かずに見つめている。
葉の色が窓からの光を弾く加減なのか、白や黄色、緑、茶色などいろいろな表情に変わる。あるいはそれは樹がしゃべっている様子なのかもしれない。ティル様の顔が声に耳を傾けているようにみえた。
もちろん自分には何の音も聞こえなかった。
しばらく動かなかった王女は、微笑みながら何かに頷き、樹を包み込むように腕を回して額を寄せた。
葉が揺れる。ざわざわと擦れ合う葉が、喜んでいるようにみえた。
そのまま王女の腕の中で老樹は光の渦になって消え失せた。

自分は…
腰を抜かした。


自分のたてた物音に二人は振り返った。
「ティル!こいつ、今の見てたんだ!!」
すぐに王子がこちらに駆けて来て、逃げないように捕まえられてしまった。
まあ摑まらなくても腰が抜けしまっていて逃げるどころか立ち上がれそうにも無いのだが。
王女がゆっくりとこちらに近づいてきた。
どうする?どうする?と王子がちょっと楽しげな声を響かせる。
目の前にまで来た王女は腕を組んで目を伏せた。
「…消えてもらうしかないわね」
クスリと笑いながら、顔を俯けたまま上目使いで目を開く。
その仕草は妙な迫力があって、自分は竦みあがった。
たった今王女の未知の力を見た後であったから、信憑性があり本当に消し飛ばされるのではないかと思った。そうでなくても王族の権力で、国外追放とか有り得るのだ。サァッと血の気が退いた。それを見て王女はぷっと吹き出しクスクスと楽しそうに笑い出した。
…どうやら冗談だったみたいだ。
「あら?貴方、私達の誕生日の時扉の前にいた人じゃない?」
唐突に王女が気がついた。覚えていてくれたことに少し感動してしまった。
ねえ?とラス様に同意を求める。
「知らない。誰かいたっけ?」

がーん

…王子ひどい
あのときは自分、本当に心配したんですよっっ

王子の全く覚えて無い様子に凹む私の前に、王女が座った。
「名前はなんていうの?」
パフッと裾の広がったスカートを床につけて、青い瞳が見上げてくる。
「あ、あの。ピピンと言います」
「そう。ねえピピン。今起きた事皆には内緒にしてほしいの」
「へ?」
「皆に言うと、お払いだなんだって大騒ぎされちゃうんだもの」
それは過去の苦い経験なのだろう。王女はうんざりと肩をすくめた。
「お願い」
パンと顔の前で両手を重ねられて、恐縮だった。でも悪い気はしない。
「分かりました。このピピン誓って誰にも言いません。」
ティル様の顔がパッと笑顔に変わり「ありがとう」といわれた。
そんな大したことをしたわけでもないのに、すごく良いことをしたような気分になる。
「じゃあ、私とラスとピピン。三人だけの秘密ねっっ」
ピョンと立ち上がって、嬉しそうにニッコリと笑う。
あの香りがあたり一面にひろがるのを感じた。それは本当に好い香りで、心が躍って嬉しくなる。
王女のかわいらしい笑顔につられて自分もニッコリとしてしまう。

かわいいなぁなんて思いながら頬を緩ませていると、こちらをにらんでいるラス様と目があった。
空中でバチッと火花が散ったようで、緩んでいた頬が引き攣った。
本当は『二人だけ』の秘密だったのだろう。
邪魔をしてしまって申し訳なく思った。

以上ティルの能力を書きたかったんです。
客観的なやつを。
天空の剣を出すまでに4つくらい小話を書く予定なのだけど
1つがこんなに長く(ノω<。)
この調子で行くと小話だけで「トロッコの洞窟」抜く(*ノ□ノ)
あと2つ。なるべく短く済ませるようにがんばります。

 

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