勇者のグラム数
(ピピン編)
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二人は常に一緒に行動していた。 時々突拍子も無いことをしでかして、城の皆を悩ませていた。 城で一番高い見張台の上に設置してある、国旗の掲げられた旗竿の天辺に、座っているティル様を見たときは度肝を抜かれたものだ。その下でラス様がうらやましそうに上を見上げている。 城中が大騒ぎになり救助隊を出動させしたり医者を集めたり、下に城中のクッションをかき集めて置いたり。慌てふためく皆の前で王女はするすると器用におりて来て申し訳なさそうにごめんなさいと呟いた。皆は安堵のあまり、叱る気も失せてしまっていた。 そんなこんなで二人のやらかす行動に城の皆は何度もヒヤリとさられていた。 大体決まって逃げ遅れたラス様が捕まって叱られる。 面白いことにラス様が捕まるとティル様は必ず戻って来くる。そしてやはり捕まって叱られる。 その後に王子は王女に思いっきり文句を言われて泣かされるのだが。 「怒りんぼティル」に「泣き虫ラス」 スライムたちが二人をそう呼んでいた。 大体の問題行動は王女の頭から生まれていた。誰がどうみてもラス様は、おてんばなティル様に振り回されているのだが。それでも嬉々としてティル様の後をついていっていた。 幼い頃の王と王妃をみているようだとサンチョという方が涙ながらに語っているのを聞いたことがある。 今日も腰に手をあてたティル様と、それを上目遣いで見つめるラス様の姿があった。 どうやら、深夜に王子のベッドの上に小さな虫が現れて、そのためにティル様がたたき起こされたらしい。 ラス様は弱虫だの臆病者だの罵られていた。 「もう!それでも男の子なの?」 「だって、気持ち悪いんだもん!!」 王子の弱気な発言に呆れたようにため息をついた王女は、「じゃあ取って置きの方法を教えてあげるわ」といってポケットからティッシュをとりだした。 その日、自分は門番をしていて、扉の端に立って横目で二人のそのやり取りを見ていた。 「こうやっていっぱい紙をかさねて…」 ばっと虫のうえにかぶせて包む。 後は紙の上からぎゅっと握って、ゴミ箱に捨てる。 その一連の動作を近くにとまっていた蛾でやってみせる。 実践して見せるにはあまりに一つ一つの動作が早過ぎる。肩に力が入り顔が必死の形相をしていて、王女も気持ちが悪いのだというのが伝わってきた。その上自分でも覚えのあるやり方を得意げに教える様子は可笑しくて笑ってしまいそうになる。 見ると、扉の反対側を守る兵も必死で笑いをこらえていた。 「こうすれば、虫もみえないし汚くならないからいいでしょ?」 エッヘンと胸をはる王女。 しかし、王子は浮かない顔のままだった。 「何よ…言いたい事があるならはっきり言いなさい」 自分が折角いいアイデアを教えてあげたのに、俯いたままのラス様の様子に不満そうだった。 王子はチラリと王女を見ながらボソリといった。 「プチってなるのがヤダ」 王女の頭からプチッという音がでるのを聞いた気がした。 数秒後 ピピンはたんこぶを押さえながら泣きじゃくる王子を宥めることになった。
この香りの正体は何なのか、他の人にも感じているのか、思い返してみれば自分は誰にも尋ねたことがなかった。 ある日その香りはティル様の心の状態を表しているのかもしれないと思った。 自分はその日、何日も雨が降り続く森の中にいるような香りをまとったティル様に出会った。 どんよりと重く、暗く悲しい。 その香りを感じるだけで自分の気分までもが沈んでいく気がした。 前方に現れた王女は、王子を連れておらず珍しく一人だった。 いつもならいろんな形で結ってある長い髪が前に垂れ下がり、俯けた顔を更に隠して、ティル様はとぼとぼと歩いていた。 その、普段とは随分と違った雰囲気に驚いて、自分は、声をかけた。 力なくゆるりと顔をあげ、青い瞳が自分を見上げる。なんでもないと弱々しく微笑む。 ふわりと目の淵が盛り上がったと思うとポロポロと零れはじめた。 いつも笑顔を絶やさない明るい子が泣きだした事に自分は動揺した。 「あ、あの、…その…」 どうしようと、ワタワタしてる間にティル様は走って行ってしまった。 向こうの廊下から、ラス様が軽い足取りで現れた。ティル様を見つけて嬉しそうに手を振る。 だが途中で泣いているのに気づき手をとめる。 「ティル!?」 引き留めようとするラス様もふりきってティル様は走り去っていってしまった。 王子はその背中を呆然と見送る。 そして、こちらを振り返った。 「あ。」 …今、絶対誤解された。 そうおもったが、弁解する隙もなくグーで殴られた。 |