勇者のグラム数
(ピピン編)
-5-
突然 ベホマに青銀の光が混じった。 一体何事かとピエール様をみたが本人も、よくわかってないようだった。 傷がみるみる内に塞がっていく。 暴れていた王子の肩から力が抜けていって、プックルは咥えた王子をそっと下に降ろしてあげていた。 ヨロリとティル様に近づいたラス様は、ボロボロと大粒の涙をこぼしながらその光景を眺めていた。 「もう大丈夫です。」 そう言って、ピエール様が魔法をおさめた時には、傷跡一つ残ってはいなかった。 王女から苦悶の表情が消え、呼吸も正常になっていた。 自分がホッと息を吐いた瞬間、目の前でもう一動作があった。 王子が倒れたのだ。 安心して緊張の糸が切れたのだろう。 予想していたかのようにピエール様が受け止めていた。 このままお二人を上へと運ぼうと、王女を抱き上げようと膝をつくと、ピエール様がそっとラス様をティル様の横に寝かせた。 自分は、その行動に驚いてピエール様を見上げる。 ピエール様は、お二人から視線を外し部屋の向こう側を見ていた。 横を見るとキラーパンサーも、同じ方向に視線をやっている。 怪訝に思って二人の視線を追う。 それを視界に捉えた瞬間、腰が後ろへと跳ねた。 本当に数歩もしないすぐ近くに、魔物の姿があったのだ。 お二人にばかり気を取られて全く気付かなかった。 青いたてがみの4本の腕をもつ獅子。 このあたりでは極めて獰猛で凶暴な魔物として恐れられている。 アームライオン。 鋭い牙とそして4本の腕を駆使して襲い掛かってくる。 巨体に似合わずすばやい上に、その4本の腕の破壊力はすさまじい。 手が二本しかない人間にとって、明らかに不利だ。 相手はこちらの攻撃の手を防いでもなお手が余るのだから。 自分がであったらまず間違いなく殺られるだろう。 そんな危険なモンスターがこんな目の前にいて全く気付かなかったとは! だが凶悪な魔物はすでに絶命していて、もはやピクリともうごかなくなっていた。 …その胸には、白銀に輝く剣が刺さっていた。 入隊した日、一人ずつ前に出て天空の剣を抜くという恒例儀式があった。 順番待ちの間 そんなことは無いだろケド、 でももしかしたら、 万が一 …なんて思いながら かっこよく剣を抜く自分と、黄色い声を上げる女の子達を想像して、顔を緩ませながら名前が呼ばれるのを待ったものだ。 でもその剣を前にして自分の淡い夢は儚く散っていった。 天空の剣はものすごく重かった。持って立っているだけで精一杯だ。構えることも出来ない。 ましてや振り上げるなど以ての外だった。 いや、重いというより、扱おうと力を入れようとすればするほど力が抜けるのだ。 中には自慢の怪力に任せて振り上げようとした人もいたが、剣を握る力すら入らなくなって手のひらからこぼれ落ちていた。 自分もいろいろ頑張ってはみたが駄目なものは駄目だった。 諦めて、剣を元に戻そうとした瞬間、今までの重さが嘘のようにスッと軽く持ち上がる。 狐にでも化かされた気分だ。 天空の剣がものすごく重いことは前々から耳にしていたが。 それを聞いて、こう考えたりはしないだろうか。 「重いなら重いなりに、うまく使えば武器になるのではないか」と。 だが、実際剣に触れて、それは不可能だということを本能的に理解した。 この剣は非常にケチで勇者以外の者には何一つ利益をもたらそうとはしないのだと。 そう。 だから魔物の体に深く沈む天空の剣が偶然刺さったものなんて考えられない。 もし、たまたま何かの拍子に弾かれた剣が飛んでいったとしても、アームライオンに傷一つ付けないまま終わるだろう。もしそれがスライムだったとしても。 この剣からそれくらい頑なな誓が感じられるのだ。 そんな頑固な剣が今、頑なに封じていた力を解放して確かに刃として機能している。 幼い子供を守るために いや、このケチな天空の剣がそんな優しいとは思えない。 この剣が力を発揮するとすれば 本当に唯一、 勇者のためにだけだ。 ◆ 一時城中が騒然となった。 一応外部に漏れぬよう緘口令が出されたが、人の口に門は立てられない。 結局国民全員が知ることになるのだが オジロン様も別にしゃべったものを探すようなマネはせず、それを良しとした。 まあいってしまえば「皆知ってる秘密ごと」だ。 そういう国なのだ。 よそ者には警戒心の強い分、内側の団結力はつよい。 「秘密」と添えられれば、しゃべる場所はわきまえる。 「全員」で秘密を守るのだ。 この勇者誕生のニュースは、グランバニア国民にとってあまり楽しいニュースではなかった。 先代王は攫われた王妃を助けるため勇者を探してこの城を旅立った。 絶大な人気そして信頼を誇った先代王パパス。 マーサ様を失いその打ちひしがれた様子に皆旅立つ王を止める事が出来なかった。いつか王妃を連れて戻ってくることを人々は祈るしかなかった。 しかし皆が待ちわびた王は勇者を探す旅の途中、無念にも命を落としてしまったという。 まさか捜し求めていた勇者がこの城で自分の孫として誕生するなんて。 このあんまりな運命のいたずらに多くのものが嘆いた。 いや、もしかしたらパパス王の生まれ変わりかもしれないと言う者も現れた。 無念を晴らすため、自ら勇者になって生まれ変わったのだと。 それを耳にしたティル様とラス様はパパス様の肖像画の前に立った。 真っ赤なマントを羽織り背負った大剣に手をかけ悠然と立つるその姿は男から見ても惚れ惚れしてしまう。 「ステキ」と呟いたティル様が、チラリと隣にいるぽよんとした王子の顔をみる。 「やだっ全然違う」 ぷーーーーーっと笑いながらラス様から逃げ出した。王子がなんだよーっと言いながらその後を追いかけて楽しそうな声が遠ざかっていった。 しばらくすると再び楽しそうな声が戻ってきた。 ぷーーーーーっと口を押さえたティル様が現れ、さっき逃げた方向と逆の方向へ逃げていった。手には黒インクが握られている。 その後をひどいよーっと叫びながら追いかける王子があらわれた。その鼻の下にはヒゲが描かれていた。 見守る人達は皆笑顔だ。 結局生まれ変わりとかどうでもよいことなのだ。 お二人が無事でよかった。 |