勇者のグラム数
(ピピン編)
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モンスター侵入より数日後、沈黙していた王族一同がそろって修練所に現れた。 その物々しい様子に、修練中だった者は手を止め真ん中の存在に目を向けた。そして確信した。 「やはりラス様が勇者だったのだ」と。 真ん中に立たされた王子のごっつい防具とキョトンとした顔が、なんともアンバランスだった。 こうしてラス様の、勇者としての英才教育がはじまった。 王子の前に修練用の剣が置かれる。 天空の剣でないのにちょっとガッカリした。まあ、いきなり天空の剣は危ないとは思うが。 しかし、ラス様は前回の体験が相当怖かったらしく、剣を持つのを嫌がっていた。 一方のティル様は死にかけた事など何処吹く風、楽しそうに剣を振り回している。 皆は元気なその様子に安堵する反面、全く懲りていないその姿に複雑な表情を浮かべていた。 しかも妙に強かった。伊達におてんば王女の称号はもっていない。 世界最強とウワサされるグランバニア兵が、スカートをひらひらなびかせたお姫様に倒されていく姿はまさに喜劇だった。 今の自分を倒せば5人抜きだ。 向かい合った瞬間わかった。間違いなく自分も負ける。 情けなくて結構! 下手に打ち込んで、国中の人たちに後ろ指を指れるのだけは勘弁して欲しかった。 かわいらしい気合の声とともに、剣を振り上げたお姫様が向かってきた。 遅い。それはもう笑っちゃうくらい遅い。別に王女が鈍臭いわけじゃない。 素人と、毎日素振りをしている者の差だ。剣を振るスピードがまるで変わってくるのだ。 これくらいなら、いなす事は容易い。 一生懸命打ち込んでくるティル様に余裕だとバレ無い程度に適度に剣を打ち合わせる。 王女の打ち込みを受け流すこと数回目、コンと妙に手ごたえの無い打ち込みがあった。「あれ?軽い」などと思った瞬間王女の瞳が輝き、目の前でスカートがふわりと円を描いて広がった。 クルリと回転して身を入れ替えたのだ。 油断しまくっていた自分はあっという間に懐に入られて向こう脛に一撃をもらう。 ぎゃー そのティル様の勇姿を微笑ましげに見ていたオジロン様だが、しばらくたってからある問題に気がついて立ち上がった。 あわてて進行中の勝負を止めに入り、王女に武術禁止令をだした。 お姫様に打ち込めない兵方の苦悩を察してくれたのかと思ったがそうではなかった。 つまりは、“ドリス様のようになられては目も当てられない”ということだ。 「男女差別だわ」 剣を取り上げられたティル様はぷんぷん怒っていた。 「イジワル!イジワル!イジワル!イジワル!」 オジロン様は、非難轟々のティル様の頭をナデナデしながらニコニコと大きなペロペロキャンディーを取り出した。 …オジロン様。 ラス様ならいざ知らず、ティル様にはそんな子供だまし効かないと思うのですが 案の定、プーと頬を膨らませた王女は、明らかにオジロン様の思惑を理解していた。 「オジロン様なんて大っ嫌い!」 しっかりとペロペロキャンディーを取り上げながら、イーっと残してドリス様の所に走っていってしまった。 「大嫌い」と言われた時のオジロン様の泣き出しそうな顔といったらなかった。 今、この城で最強なのはティル様じゃなかろうか。 「いつからグランバニアは男尊女卑の国になったのかしらね。 嫌ね。男なんて。女が自分より上になるのが我慢できないんだわ。 そんな器の小さい男の所になんかあたし絶対お嫁にいかないんだから!」 …一体どこでそんな言葉を覚えてくるのか。 不思議でならない。 隣でうんうんと首が千切れんばかりに頷いているラス様は明らかに意味を理解していない。 つんと澄まして膝の上で一端の文句を並べるティル様を抱きしめて、ドリス様はおかしそうに笑っていた。
ティル様にくっついてちゃっかり修練場から遠ざかろうとしていたラス様を、皆が慌てて呼び止める。 引きずり戻されたラス様の顔は「なんで僕だけ」という表情をしていた。 「ラス様。どうか覚悟を決めてください。」 差し出した剣を、手を後ろに隠して絶対握らないと首をふる王子に、困ったように近衛隊長が膝をついた。 「あなたは選ばれてしまったのです。この先魔王と戦わなくてはなりません。それが天空のつるぎを持てる者の宿命なのです。この度の地震災害も魔物の凶暴化も全ては魔王復活の影響といわれています。そんな途方も無い力を持った魔物たちの王です。 ラス様は私達など問題にならないくらい強くなってもらわねばなりません。」 「今は世界のためと言っても、実感がないでしょう。だからせめて王子が無事生きて帰ってこれるように」 どうか…と頭を下げた。 地面についた近衛隊長の拳が力みすぎて震えているのが見えた。 わかっているのだ自分がいかに理不尽な事を言っているか。 誰が喜んでこんな幼い子供に剣を持たせようとするもか。 頼りない体の大きさ、ぷっくりと丸い頬の辺りも、純粋といえる瞳も、その全てが守らねばならぬ存在なのだと主張していた。大人は子供を守るために存在だというのに。 両親が共に生まれたその日に行方不明になって、それでも真っ直ぐ育っている二人はグランバニアの宝だ。国民皆がお二人がこれ以上つらい目にあわぬように笑顔でいられるように暖かく見守っていたいたというのに。 大切な王子を何故そんな危険な目にあわせないといけないのか。 だが、可哀想と言って甘やかしていては王子は命を落としてしまう。 この愛らしい王子がなるべく苦しい思いをしないように。生きて帰ってこれるように。 今は心を鬼にするしかない。 王子の顔は相変わらず不満顔だ。 それもそうだろう。今まで戦闘とは無縁の平和な生活を送ってきたのだ。 一変して魔王だの世界だのいわれても実感などないだろう。一体何故こんなことになったのか、眉間の皺が「わけがわからない」と訴えていた。 膝を突いた近衛隊長の横へとピエール様が立った。 「ピエールも魔王を倒せって言うの?」 ピエール様の登場にラス様は不満気な声を出した。 「私は魔物です。その私が人間の為に魔族の王を倒せというのはどうしても白々しく響いてしまいます」 そう言ってピエール様は王子の前に置いてある剣を手に取った。 「正直をいいますと私は魔王を倒そうと思ってるわけではありませんよ。」 「ただ、守りたいものがあるのです。」 「貴方ですよ。ラス様」 「最初は貴方の父君でした。」 「その妻王子達の母君であるビアンカ殿。 そして二人の宝であるティル様ラス様。」 「そして王子の住家、リュカ殿が大切にしようとしていたグランバニア。」 あの駆け出しのころと比べると随分と増えてしまいました。 という声には楽しそうな響きが含まれていた。 「私の大切なモノに害を加えようとする者は全て私の敵です。」 「たとえそれが魔王であっても。」 …そして人であっても。 そうピエール様は付け加えた。 ピエール様への皆の信頼に足ると思うのははこういうところなのだろうなあ。 ビシッと一筋通っているのだ。 「ラス様はどうですか?」 「僕は、えっと…」 「グランバニアは大切…だけ…ど…」ともごもごとしている。 ここで「グランバニアを守ります!」とビシッと決めれるのがティル様だ。 決めれないのが、ラス様だ。 これをどうとらえるかは、その人次第だろう。 少なくとも、国を守るといってもピンとこないというラス様の素直な気持ちも ピンと来なくとも兵の気持ちを汲んでしっかり発言しようとするティル様も 自分はどちらも好きだ。 お二人とも甲乙付けられない魅力を持っている。 ピエール様は王子の迷いを汲み取るように首をかしげた。 「もしかしたら、またこの前の様なことがあるかもしれません。」 「また、侵入してくるの?」と不安そうな声をだした。 アームライオンに襲われた時のことを思い出してか指先が震えている。本当に怖かったようだ。 「二度と起こらぬ様全力を尽くしますが無いとは言い切れません」 ピエール様は剣をラス様に差し出した。 ラス様は拒否するように目を背ける。 「そうなった時、またラス様は泣いてるだけですか?」 背けた顔がハッと上がった。 その顔は蒼白だった。蒼い瞳がゆれたと思ったら、表情がクシャと崩れてボロボロと涙が溢れ出した。 それはティル様に縋り付いて泣いていたあの時の王子の姿だった。 「…ティル様をまもりたいでしょう?」 俯けた顔を両手を覆って それでも、ラス様はしっかりと頷いた。 「ティルはね…」 肩を震わせて鼻水ズルズルの声で語った。 「僕をかばったんだ」 だからあんな大怪我したんだと嗚咽をもらした。 なんとなく想像はできる。 アームライオンを前にして脅えているラス様と、それを奮い立たせながらたっているティル様。 「そうでしたか。」 ピエール様が優しい声を発した。 歯を食いしばり涙を拭いたラス様は やっと差し出された剣を手にした。 |
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